第13話 ブラック or ホワイト 上
ダンっとテーブルを拳で叩き、ジルベルトは不機嫌そうな面構えでアランを睨んだ。
「おい、お前ならどうにかできたんじゃないのか?」
「いやぁ~。僕でもARKHEDのAI相手では歯が立たないものですよ」
「チッ! お前がそう言うのなら、今回はそういう事にしといてやる」
舌打ちをしながら後ろ頭を掻くジルベルトにブリッジに居たもう一人の人物が声を掛けた。
その者の名はスティング・スヴェルトホーン。彼の姿は全身茶色の鱗に覆われ、頭はドラゴンの形をしていて、背には翼があるが、それは片方だけであった。
竜人種である彼はアルヴァルディの舵を握る操舵士である。
寡黙である彼は普段無駄な事は一切喋らない。
彼が口を開いたという事は有事であるという事だ。
「船長、どうする?」
「アルヴァルディはこのまま予定通りの進路を取る。アイツは俺が連れ戻す。その間この船を任せるぞ、アラン」
「了解」「了解しました。お気をつけて」
年功序列に沿えば年上であるスティングに任せるのが筋なのだが、彼に采配能力は無い。
ここは年下でも頭の切れるアランに任せた方が良いという事だ。
当人達も納得がいっているのか、ジルベルトの指示に従った。
ブリッジに居る者達への指示を済ませたジルベルトはハンガーへと向かう。
その途中、ラウンジで優雅に紅茶を飲んでいたマリアンはジルベルトの鬼気迫る表情にぎょっとする。
「あら? どうかしたの? そんなコワイ顔して」
「あの馬鹿が勝手に船を出て行きやがった」
「あらまぁ」
ジルベルトは「あの馬鹿」と言い、名を伝えなかったが誰がしでかしたのかマリアンは分かったらしい。
ティーカップに注がれた残りの紅茶をグイっと飲み干すと、マリアンは船長からの指示を受けた。
「マリアン、一応砲撃戦に備えてブリッジで待機しておいてくれ」
「りょーかい。連れ戻すのには一人で行くの?」
「いや、コンラードを連れて行く」
「わかったわ。まぁ貴方の事だから心配はいらないだろうけど、一応念の為、気をつけてね」
「ああ」
ジルベルトはマリアンに指示を出すと再びハンガーに向かって歩き出す。
マリアンは飲み終えたティーカップをさっと片付け、ブリッジへと向かう。
「ふふ、あの子が来てから、表情がよく変わるようになったわねぇ」
クスクスとマリアンはこの場に居ない人物の表情を思い出して笑った。
ハンガーに辿り着いたジルベルト。その様子を物陰から見ていたコンラードは戦慄を覚えた。
ジルベルトのギンっとした鋭い視線は獲物を追い詰める獣のようであり、コンラードは小動物のようにぶるぶると震えて身を縮こまらせる。
「おい、犬。ここに居るのは分かっている。大人しく出てこい」
「……」
「……給料査定が楽しみだな」
「ひぃ!!」
船長であるジルベルトの方が一兵卒であるコンラードより位が高い。
給与の査定はジルベルトが行う訳ではないが、失態を犯して上に報告されれば給料は減らされる。
これ以上事を大きくしないように、給料を減らされないように、コンラードは慌ててジルベルトの前に姿を現した。
「給料減額だけは勘弁して欲しいっス!」
「……お前、アイツの傍に居たんだろう。何故止めなかった!?」
「それは~、その~」
何やら言いにくそうに口ごもるコンラードにジルベルトは更にイラつく。
しかしここで油を売っている場合ではないと気が付いた彼はARKHEDに乗り込む。
そしてボケっとしていたコンラードに指示を出した。
「なにをぼさっとしている。アイツを連れ戻すぞ」
「え? 俺もっスか?」
「当たり前だ。アイツが飛び出して行ったのはお前にも一因がある」
「……了解っス」
しぶしぶながらも了解したコンラード。
鳴鳥との約束があるが、上司に逆らう訳にもいかない。
コンラードは自分の所有機であるARKSに乗り込んだ。
彼が搭乗を済ませた頃、ジルベルトは一足先にカタパルトへ、アランの指示誘導で発進し、アルヴァルディから飛び立つ。
続けてコンラード機もジルベルト機の後を追うように飛び立った。
鳴鳥が搭乗するARKHEDがアルヴァルディを立ってから約十分後、機体は小惑星群宙域の入り口に辿り着いていた。
大小さまざまな小惑星が漂う空間、そこは話にあった通り普通の船舶では航行が困難な上、死角になる場所が多かった。
鳴鳥は後方を確認するが、アルヴァルディは追いかけてくる様子もない。
「(こんなに飛ばして来たのに全然平気だなんて……。やっぱりこの機体、すごいなぁ)」
超加速でここまで辿り着いたARKHEDだが、搭乗者の鳴鳥は耐Gスーツを着用していなくても失神する事は無かった。
それもひとえにARKHEDの機体性能のお陰である。
アルヴァルディでコンラードに勧められてフライトシミュレーターを操作した時は、うっかり耐Gスーツを着忘れた為に大変な事になった。
ARKSと違いARKHEDは耐Gに加え、急回転に耐えれる為の三半規管を守る機能も備えている。
操作は音声認識と思念作動である上に、搭乗者が身体を鍛えていなくても問題ない。
ARKHEDは万能な機体であるが、人の手で作る事は出来ず、遺跡や精神結晶と一緒に坑道から発掘されるのみである。
また、一つの機体に搭乗者は一人きり、他の者は操作する事が出来ない。
これを「契約」といい、契約者が死なない限り、他の者は手を出す事が出来ない。
そして契約者はARKHEDという強大な力を得る代わりに枷を嵌められることとなる。
鳴鳥はジルベルトからARKHEDについての説明を受けた時の事を思い起こした。
「……枷、ですか?」
「ああ、契約を交わす時に真っ暗な空間に居た覚えはないか?」
「え? 私は……、真っ白な空間で女の人の声を聞いたんですが……」
「俺の時とは違うのか」
二人が契約した際の相違点にジルベルトは顎に手をあて何かを考え込む。
そして自分の中で結論が纏まったのか、ひとりで頷いて次の質問を鳴鳥に問いかけた。
「その、異空間で聞こえた声に願いを叶える代わりに何かを要求されなかったか?」
「いえ、ただ皆を守れる力が欲しいと願ったら、次の瞬間にはコックピットに居たので……」
「枷は不明か。本来ならば願いと共に契約者には枷である事象を負う事になる」
「ジルベルトさんにもその『枷』ってあるんですか?」
「……ああ」
枷はあると答えたジルベルトはそれがどういう内容であるかを鳴鳥に教えなかった。
よほど言いにくい事なのだろうか、彼は眉間にしわを寄せて不機嫌な表情になる。
そこで鳴鳥はハッと気がついた。
それはフェルスボウデンでの事。大怪我を負った筈のジルベルトがしばらくしたらピンピンとしており、傷口も消えていたのである。
それが枷だとすれば、ジルベルトの態度にも納得がいくようだ。
「わかりました……! ジルベルトさんは死ねない身体って事なんですね」
「……ああ、まぁそうだが」
「もしかして、ドン引きされるとでも思いましたか?」
「そう、……だな」
「大丈夫です! 獣人種や魚人種、竜人種も居るんです。身体が他の人より丈夫なだけじゃないですか」
「……そうだな」
自分と違うという事で差別する者は多い。
未知の存在に対して警戒するのは人として当然であるからして、違うという事は中々受け入れにくいものである。
鳴鳥はジルベルトも人より丈夫だという特徴を気にしているのだと思い、自分は気にはしないと言った。
地球に住む人としては驚異的な自己治癒力は凄いものなのだが、コンラードやマリアンやスティングと会った後ではインパクトに欠ける。
鳴鳥の言葉は気を遣ってではなく、嘘偽りないものであった。
ジルベルトはその言葉に苦笑いを浮かべていたが、真剣な表情に戻して忠告する。
「ともかく、お前の契約状況はイレギュラーな事が多い。いつ枷が発動するかもしれないから迂闊な行動は取るなよ」
「はい、わかりました」
迂闊な行動を取るなと言われ、頷いた鳴鳥。
彼女は今、ジルベルトの言いつけを守っていない。
約束を破ってまでもやりたかった事があるからだ。
鳴鳥はグリップハンドルを握り直すと、救難信号が発せられた小惑星群宙域に突入した。
鳴鳥機は不規則に浮遊する小惑星を避けつつ進む。
一応アランの忠告を受け、周囲に潜んでいる賊が居ないか感知しつつ、目視による視認とこちらの存在を知られないようにステルス機能とジャマーを発しながら奥に進む。
これまでの宙域とは違い、スピードを上げる事は困難だ。けれどもARKHEDの性能のお陰か、比較的早いスピードで小惑星にぶつかることなく目的地に向かって進んで行った。
程なくして少し開けた場所、救難信号が発せられた場所には二隻の船が停泊していた。
片方は白色を基調とした民間の貨物船、もう片方は真っ黒な外装に髑髏マークがでかでかと目立つ武装船であった。
どちらが被害者で加害者かとても判りやすい外装である。
「(救難信号は賊って言っていたし、武装船からアンカーフックが貨物船に向かって撃たれている。という事は賊はもう貨物船を乗っ取っている? だとしたら――――)」
鳴鳥機はステルス状態を維持したままWarriorモード(二足歩行形態)に変形し、ゆっくりと黒い武装船のブリッジ部分に近づく。
砲台が動かない様子から、こちらの存在はまだ気付かれていないようだ。
銃を構え、姿を現して警告をしようとした鳴鳥であったが、ブリッジには人影がなかった。
視認できないだけであって、死角になる所に人が居るのかと思いレーダーで生命反応を確認するが、ブリッジには人っ子一人存在していなかった。
それは妙なことである。
この宙域でいくら優位であろうとも自分の船のブリッジをもぬけの殻にするのは不用心だ。
どうしたものかと考えを巡らせていると、貨物船の方から通信ではなく外部音声で声が聞こえた。
「た……、助けて……っ!!」
「来るんじゃねぇ!!」
聞こえた二人分の声。
助けを求めてきたのは女性の声。もうひとつの大声で怒鳴りつけるような警告はしわがれた男の声であった。
賊と被害者はどうやら貨物船のブリッジに居るようだ。
鳴鳥は機体を声のした方へ寄せた。
貨物船のブリッジには拘束された民間人と思しき女性と男性が数名、その中には子どもも居る。
その者達に銃を向けているのは鷲鼻のガタイの良い男と、手下であろう同じく銃を構えた賊が数名居た。
「そこの白いの! 助けに来たつもりだろうが一足遅かったなぁ」
「人質って訳? 卑怯な真似を……!」
「賊に卑怯もクソもあるか。金目の物を取り終えるまでそこで大人しくしていて貰おうか」
「……っ」
賊は銃を拘束された子どもに向ける。
恐怖のあまり声が出ないのか、幼い少年は目を見開きガタガタ震えていた。
鳴鳥は今すぐにでも悪人を殴りつけたい気持ちを抑えて音声通信を遮断する。
フェルスボウデンの一件以来、鳴鳥のARKHEDは不用意な作動を防ぐため音声認識に設定してある。
ここは敵にこちらの動きを知られないように、こちらの声を聞こえないようにした。そして鳴鳥はAIに命じた。
「(人質を取られた時ならあの時と一緒、閃光弾と麻酔弾で……!)……S2、貨物船ブリッジに向けてフェルスボウデンの時と同じスタングレネード弾とトランキライザー弾を発射」
「了解シマシタ」
即座にARKHEDは両手に銃を構え撃ち放った。賊がその挙動に対し発言する前に二発の弾はブリッジに命中した。
「よしっ! これで……――――――えっ!?」
成功したかと思われた制圧方法。それは呆気なく失敗した。
弾はブリッジの内部に入ることなく着弾、爆発して音と光と麻酔ガスはブリッジの外部で炸裂した。
「ど、どうして?!」
何故しくじったのか、鳴鳥には皆目見当もつかなかった。
彼女の攻撃は大人しくしていろと言う賊に対する裏切りである。
鷲鼻の男はニタっと笑うと手にした銃で撃ち抜いた。撃たれたのは怯えて声も出なかった少年。パァンと乾いた音が響き、少年はドサリと床に倒れた。
その額からは真っ赤な血が流れ出ている。
貨物船の内部からは少年の母親であろう女の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
鳴鳥は急いで音声通信を繋ぐ。
「な、なんて事を……っ!!」
「約束はちゃんと守って貰わないとなぁ」
「だからって……!! こんなひどい事をっ!!!」
「ここは狩り場なんだぜ? 獲物がのこのこやってきたら喰われるしかないだろうが」
「けど……っ、そんな無抵抗の子どもまで……っ」
「ったく五月蠅ぇなぁー」
失われた命、自分の軽はずみな行動によって少年は殺された。
その重大さを思い知った鳴鳥は頭が真っ白になる。
撃ったのは賊であるが、その引き金を引いたのは自分の甘い考えによるものだ。
賊を責めた所でその事実は変わらない。
呆然とする鳴鳥の機体は無防備で、貨物船から射出されたアンカーフックにより、ARKHEDは抵抗する間もなく拘束された。
「へへっ、武装船に戦闘機体まで収穫できるとは、今日はツイてるねぇ」
鷲鼻の男は獲物に満足したのか、クツクツと笑い上機嫌である。
一方鳴鳥は自ら犯してしまった罪に、取り返しのつかない事態に直面し、戦意を喪失していた。
「さて、あの白いのはARKHEDか、万能な機体とか言われているが随分と容易く手に入れられたなぁ。おい、アレを回収に行け」
銃を構えていた手下二名に鷲鼻の男は指示を出す。このまま鳴鳥の機体は賊の手に落ちるかと思われたがそうはいかなかった。
「……!? なっ、なんだあの黒いのはっ?!!」
勢いよく飛んできた黒い戦闘機、それは飛行しながら変形し、青く光る剣を構えた。
そして貨物船と鳴鳥機の間を通り一閃、鳴鳥機を拘束していたアンカーフックを切り刻んだ。
繋がれていた拘束が急に解かれた反動で鳴鳥機は貨物船から離れる。
その場に止まる事が出来ない鳴鳥機を黒い機体より後から来た深緑色のARKHEDより小さな機体が支えた。
「お前、何をやっているんだ……!」
「ジル……ベルト……さん?」
力無くシートに身を預ける鳴鳥の前にジルベルトの顔が映し出される。
彼は凄く怒っているようだったが、その顔を見て鳴鳥は涙ぐんだ。




