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第1話 ホワイトアウト 上

 見渡す限りの荒れた大地。木々は枯れ、地面は久しく水分を摂っていないのか、果てしなくひび割れている。

 そのような死を感じさせる荒野に少女が一人、ぽつんと大の字になって倒れていた。

 少女は栗皮茶色のロングヘアをえんじ色のリボンで括ってツーサイドアップに、服装は彼女の体型には少々大きい男性用のジャケットを羽織っている。


「……んん?」


 目を覚ました彼女はどんよりとした曇り空を見つめながら考えていた。いつの間に天気が悪くなったのだろうか、と。しかしそんな事はすぐにどうでもよくなる。

 上半身を起こして周囲を見渡してみると天候の事など些細な事だった。

 見慣れぬ景色。ここはつい先ほどまで自分が居たはずの場所、コンクリートの建物やアスファルトで舗装された地面ではない。

 ぼうっとしていた意識が急速に覚醒する。


「ここ……どこ?」


 夢でも見ているのかと思ったようだが、手に触れるカラカラに乾いた土の感触や頬に当たる土埃を含んだ風のリアリティさに現実を受け止められた。

 少女は立ち上がり衣服に付いた埃をパンパンと手で叩き落とすと、再び辺りを見回した。

 今度は遠くを見据える。しかしあるのは赤茶色の岩と枯れた木と、何やら戦闘機のような黒い金属の塊がひとつと、果てのない荒れた大地だけで人っ子一人居ない。


「(何でこんな所に私、居るんだろう)」


 瞳を閉じた少女はここに至る前、目を覚ますまでの記憶を辿るように思い返した。






「やっ、止めてください……!」

「あぁあん!? なんだって? 聞こえねぇなぁ~?」


 夕刻の繁華街、その路地裏。そこには気弱そうな男子学生が5人の柄の悪い男達……不良に囲まれていた。

 学生はガタガタと恐怖に体を震わせ、ギュッと通学カバンを胸の前で抱いて身を縮こまらせている。

 薄暗い路地裏から光射す表通りをちらちらと伺うが、助けなど来そうもない、逃げる隙も退路を阻まれてありはしない。

 不良達はニヤニヤと笑みを浮かべながらじりじりと徐々に男子学生の気持ちと距離を詰めていく。


「出すモン出すってんなら俺らはなにもしねぇよ」

「……出す物って。な、なんでしょうか?」


 互いに顔を見合わせた不良達はゲラゲラと声を上げて笑いだす。

 彼らは聞くまでもない、決まっているだろう? といった表情で告げた。


「誠意だ。せ・い・い。わかるか? 僕ちゃん?」

「ぶつかっといて詫びも無しなんて虫がよすぎるよなぁ?」

「……それはさっき謝ったじゃないですか」


 蚊の鳴くような声でポツリと反論した男子学生。その反抗の言葉を聞き逃すことなく、不良達は額に青筋を立てて凄んできた。

 どうやら沸点は限りなく低いようだ。

 一人の男がグイッと胸ぐらを掴み引き寄せる。すると男子学生はガチガチと歯を鳴らせて恐怖に震えていた。


「待ちなさい!!」


 絶体絶命のピンチ。そこに凛とした声が響き、緊迫した空気が一瞬にして打ち砕かれる。

 不良達と男子学生は声のした方へと顔を向けた。彼らの視線の先、表通りで仁王立ちをし、逆光を背負うその人物は小柄で華奢で――――女性、と言うよりは少女であった。

 不良達は一瞬警戒をしたが、相手がただの小娘だとわかると余裕の笑みを浮かべた。

 彼らの内の一人が邪魔に入った少女の元へと歩み寄りながら声を掛ける。


「おいおい、お嬢ちゃん。何のつもりか知らねェが、俺達は別にやましい事なんて――――」


 男は少女の目の前で足をピタリと止めた。そして容姿からつま先まで値踏みするかのように眺める。

 栗皮茶色のロングヘアをえんじ色のリボンで括ったツーサイドアップ。身に着けている制服はこの近辺ではよく見かける高校のものである。

 子供染みた髪型と可愛らしい制服であるせいか、キッと睨みつけていても威圧感は微塵にも感じ取れず、寧ろ愛らしさを覚える。

 見せもんじゃない、ケガをしたくなきゃ関わるなと、追い払おうとした男は態度を軟化させて馴れ馴れしく少女の肩へと手を伸ばした。


「なになに? お嬢ちゃん、俺達と遊びたい訳?」

「違います。その人を解放してあげて下さい」

「何だとコラァ?! テメェには関係ねぇだろうが!!」


 男子学生の胸ぐらを掴んでいた男がギラリとした視線を少女へと向ける。しかし彼女は怯えず、目を逸らす事もなく、鋭い視線を受け止めた。

 その生意気な態度に様子を窺っていた三人の男が色めき立つ。

 一触即発。今にも飛びかかってきそうな三人を少女の前に立つ男が平手で制する。彼はここは俺様に任せろと、余裕の笑みを浮かべた。

 何を思ったのか、彼はまたもや馴れ馴れしく少女の肩を抱こうと手を伸ばす。


「そんなに眉間にしわを寄せていると可愛いお顔が台無しだ――――あいだだ!!!」


 口説き落とそうとした男の手首を少女は顔色一つ変えずに瞬時に掴むと後ろ手に回す。あり得ない方向に腕を曲げられて捻り上げられた男は呻き声上げた。

 少女の冷静で鮮やかな対応に不良達は驚き目を見開く。

 彼らは茫然としていたが、相手がただの小娘でないと気付き少女を包囲する形でにじり寄った。

 男子学生の胸ぐらを掴んでいた男も、邪魔だという風にバッと手を離して男子学生を壁際へと押しのけて前に出る。


「舐めた真似しくさってんじゃねぇぞこのアマっ!!」


 固く握りしめた拳が少女の顔のすぐ横を通り過ぎる。その勢いを受け流すように彼女は殴りかかってきた男の腕を両手でがっしりと掴み背負い投げ、受け身を取り損ねた男は全身を打ちつけて呆気なく気絶した。

 腕を捻り上げられた男は既に背後から首筋に手刀を受けて意識を失い地面に転がっている。

 脅されていた男子学生は少女の鮮やかな手並みに驚きつつも感嘆の声を上げた。


「す……すごい……!」

「確かにすごいけどねー。あっちやこっちでトラブルに首を突っ込む癖はどうにかして欲しいのよね」

「わっ!?」


 いつの間にか隣に佇み一緒に傍観する女子学生に男子学生は驚き咄嗟に身を離した。しかしよく見てみると、彼女は果敢に不良に立ち向かう少女と同じ制服を着ている。

 呆れた物言いと表情から警戒はする必要ないと感じ取り、男子学生はほっと溜息を漏らして彼女に尋ねた。


「えっと……。彼女は一体何者ですか?」

「超がつくほどの正義漢。……いや、一応女の子だから『漢』はないか」

「はぁ……」

「で、容赦なく男の大事なところを蹴り上げたあの子は奈々塚鳴鳥。いつも巻き込まれて付き合わされる私は遠藤留美よ」


 三人目の男は股間を両手で押さえながら崩れ落ちる。四人目は素手では敵わないと察したか、近くに転がっていた廃材の棒切れを拾い振りかぶった。

 脳天めがけた攻撃はいともたやすくかわされ、鳩尾に肘打ちを喰らう。かはっと胃液を吐き出して四人目の男はうずくまりながら倒れた。


「さ、とばっちりを受けないように避難しましょう。じきに警察が来るから」

「え? あ、はい」


 そそくさとぶっ倒れている男を跨ぎつつ留美と男子学生は表通りに向かって駆け出す。と、そこで男子学生はある事に気が付き途中で足を止める。

 彼の目線の先、そこにはギラっと光る物、折りたたみ式のナイフがあった。

 最後に残った男が最終手段を取ったようだ。しまったと気付いたが時はすでに遅く、男子学生は制服の襟ぐりを掴まれて捕獲された。

 ヒヤリと冷たい感触のするものが男子学生の首筋に宛がわれる。


「ひっ……!」

「大人しくしやがれ! さもねぇとコイツがどうにかなっちまうぜ?」


 卑怯な立ち回りに鳴鳥はより一層眉間のしわを深くした。しかし睨みつけられた男は勝ち誇ったかのようにニタニタと笑う。

 こういった事は手慣れているのか、ナイフを握る手は動揺で震えたりなどしていない。形勢逆転に苦い顔をしたのは鳴鳥の傍らに駆け寄った留美だった。


「ちょ、ちょっと、どうするのよ?」

「留美ちゃんは表通りに出て警察の人を誘導して」

「う、うん! わかった!」


 小声で示し合わせると留美は指示通りに駆け出した。鳴鳥は横目でそれを見届けると男を真っ直ぐに見据え、そして高らかに宣言した。


「無駄な抵抗は止めなさい! もうじきここに警察が来るわ。脅迫罪に銃刀法違反、胸ぐらを掴んでいたから暴行罪も科されるわね」

「ハッ! それはどうだろうなァ?」

「何を……? ――――っ!!」


 不利な立場であるはずの男が焦ることなく余裕綽々な態度を取っていた事に、鳴鳥は訝しげに眉をひそめた。そしてその疑問はすぐに理解することになる。

 三人目と四人目に倒した男達が起き上り彼女の両脇に立っていた。どうやら二人は意識を手放すほどの攻撃を受けていなかったようだ。

 二人は鳴鳥の動きを封じるように羽交い締めにする。

 相手が一人だけなら頭突きや足を踏みつけてどうにか逃れられそうだが、二人がかりの上に人質まで取られている為、抵抗はせずに大人しく従うしかなかった。


「そうそう、最初から素直にそうしてりゃいいんだよ」

「……どうするつもり?」

「へへっ、こっちに来な」


 舌舐めずりをする男は男子学生を捕らえたまま先導する。行く先は無論、人出の多い表通りではなく裏路地の奥の方である。

 少しでも時間を稼ごうと鳴鳥はゆっくり歩こうとするが、すぐにせっつかれて悪あがきは無意味に終わった。

 歩く事数分後、辿り着いたのは隠れ家的なバーだった。

 少々乱暴に開けられた扉の向こうは煙草の煙で視界が霞んでいる。中には柄の悪そうな男が十数人ほどたむろっていた。

 その男達の鋭い視線を受けた男子学生は、血の気の引いた顔色をますます青白くさせてこの世の終わりだと言わんばかりに震えあがる。


「おいおい、どうしたんだよ。お前いつから女の趣味が変わったんだ?」

「そんなんじゃねぇよ。コイツには落とし前をつけて貰わなけりゃならんだけだ」


 そう言いながら男はナイフの腹で鳴鳥の頬を軽く叩く。それにも動じず反抗的な目つきを向ける彼女であったが、店の中に居た男達が男子学生に歩み寄り恐喝をし始めようとした瞬間、声を上げた。


「その人には手を出さないで!」

「はァ? テメェどの面下げて言ってんだ」

「……その人は何もしていないでしょ?」

「ああそうだな。確かにそうだ。詫びはアンタに入れて貰おうか」

「やっ……! 何するのよ! 放しなさいっ!」

「動かない方が良いぜ。ケガはしたくないだろう?」


 男はナイフを鳴鳥の制服の胸元に入れると縦一線に引き裂いた。露わになる肌と下着に男達が歓声を上げる。

 外気を肌に受けて寒気を感じるところだが、男達の下卑た視線に羞恥心を煽られてカァっと身体が熱を帯びる。


「……もう文句はねぇよな?」

「この……! 変態っ! 強制わいせつ罪も犯すつもり!?」

「口のきき方には気をつけた方が良いんじゃないかなァ?」

「……ッ!」


 ナイフが上半身を守る最後の一枚、下着へと宛てられる。これ以上はもう無理だ、と。鳴鳥はぐっと言葉を飲み込み、その様子に男はニタリと笑う。

 もう抵抗はしないだろうと察した彼は仲間に目配せをした。合図を受け取った数人は獲物を目の前にした獣のように爛々と瞳をぎらつかせる。

 男達は鳴鳥と男子学生を手早く縛り上げ、拘束した。

 男子学生は椅子に縛り付けられ、鳴鳥はその身体をソファーへと投げ出された。


「俺いちば~ん!」

「ずりぃぞ、オレが先だ」

「ここは平和的にじゃんけんで決めようぜ」


 ゲラゲラと笑いながら男達は誰が最初に味わうかを至極楽しそうに決めている。

 彼らの様子は一見無邪気なようだが、これから行われるであろう事はえげつない行為である。

 恥ずかしさで火照っていた鳴鳥の体は今や恐怖に支配され、背中にゾクゾクとした寒気を感じた。


「(どうしよう……どうしよう……! このままじゃ……)」


 あいこが続くじゃんけん。掛け声のたびにビクっと恐怖に体が震える。

 いっそこのままあいこがずっと続いてくれれば……。そんな期待はすぐさま露と消えた。

 一人の勝者が決まり、勝ちを得た者が怯える鳴鳥に近づく。

 カチャカチャとベルトを外す音。鼻息の荒い男がいやらしい笑みを浮かべている。

 最後の悪あがきに睨みつけるが、相手が怯む筈もなく、逆に加虐心を煽ってしまったようだ。

 男は馬乗りになるように鳴鳥の身体に跨ると無遠慮に顔を近づけ、即座にさっと顔を逸らした彼女の首筋を舌で舐め上げた。するとぞわぞわと嫌悪感が鳴鳥の体中を駆け巡り肌が粟立つ。


「(これは因果応報……なのかな)」


 逃れられない恐怖を前に諦めの境地へと達した鳴鳥は、軽はずみで迂闊な行動をとった後悔と共に過去の出来事を想い起こした。

 抵抗できずに複数の男達の慰み者にされる。それは『あの子』が受けた被害内容のごく一部であった。

 その事を考えると今のこの状況はあの時彼女を救えなかった自分に対する罰なのだろうと納得ができた。

 ならば好きにすればいい、これから行われる行為に恐怖で震えるが、一刻も早くこの屈辱にまみれた時を終らせたいと、身体の力を抜いて瞳をぎゅっと閉じた。

 視界だけは自由がきくからか、せめてこの絶望の中で不快な物は目に入れたくないと。


「――――……?」


 覚悟を決めたがいつまで経っても男は何もしてこない。その代わりに聞こえてきたのは何やら騒がしい声、怒号である。

 鳴鳥はガラスの割れる音に驚き閉じていた目蓋を開く。

 顔を逸らして音のした方を見るが何が起きているのかよく見えない。彼女が連れてこられた場所は入口より離れた少し奥まった場所だった。


「テメェェェェェ!!!」

「もう一人の人質は何処に居るのですか?」


 がなり声を上げ、怒りを露わにする男とは対照的に落ち着き払った声。

 その声は両方とも聞き憶えがあった。片方は先程ナイフを使って脅してきた卑怯な男。もう片方は懐かしい……けれども感傷には浸れない相手。

 こんな場所でこの声は聞ける筈もないと半信半疑であったが、鳴鳥が彼の声を聞き間違う事などなかった。




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