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エリエとクラウス 2

 クラウス様とお会いしなくなって、すでに7夜が経つ。今までは昼も夜もお見かけする機会があったのに、最近はまったくない。もしかして、避けられているのかもしれない。そう考えると落ちこまずにはいられなかった。


「エリエ?」


「失礼いたしました」


 ミヤコ様の髪の毛をすいている最中に考え事をするなんて、侍女としてあるまじき行為だ。わたしは集中しようと深呼吸して、また作業に取りかかる。鏡のなかのミヤコ様と目が合った。


「エリエ、最近、何だか変じゃない?」


「変、でしょうか?」


「うん。ぼーっとしてる。体調が悪いの?」


 鏡に映るミヤコ様は無邪気な幼子のようにわたしの顔をのぞきこんでこられた。真っ直ぐな瞳を前にして嘘をつくことなどできない。


「いえ、ただ気にかかることがありまして」


「気にかかること?」


「はい」


 嘘は言っていない。ただ、ここでクラウス様の名前を出すのははばかれた。しかし、ミヤコ様は考える仕草をしたあと、「それって……クラウスさんのこと?」と核心ついた。


「な、なぜ!」


「あ、やっぱりそうなんだ」


「どうしてですか?」


「ふふふ。わたしをなめないでよね。エリエとは長い仲なんだから」


 神殿でお会いしてからすでに5年が経つ。ミヤコ様は20歳になられた。わたしも19歳。確かに長い年月かもしれない。わたしは観念して、クラウス様と喧嘩したことを告げた。


「エリエが喧嘩なんて珍しいね。エリエもクラウスさんも感情をあんまり出さないのに」


「そうでしょうか?」


「うん。エリエは感情を殺して無表情を保つようにしているでしょ。クラウスさんも笑顔を作って感情を隠しているの」


 ミヤコ様は「だから、ふたりは似た者同士ね」と結論づけた。


「似た者同士ですか?」


「そう」


 似た者同士なんて考えたこともなかった。似ているからクラウス様の隣が心地よく感じたのだろうか。ずっと、この時間が続けばいいと思えたのも似ているからなのか。


「わたしにはわかりかねます」


「そっか。当の本人じゃわからないかもね。でも、気にかかるってことはクラウスさんと仲直りしたいんだよね」


「はい」自分の気持ちはわからないが、このままの関係は嫌だ。せめて、顔を合わせて会釈できる関係に戻りたい。


「じゃあ、クラウスさんに突撃して謝ればいいんじゃない?」


「突撃ですか?」


「そ。クラウスさんの部屋に突撃しちゃうの」


「騎士団の部屋は女性禁止です」


 これは決まりである。


「もー、エリエは真面目すぎるよ」


 ミヤコ様が何をおっしゃられても、決まりを破るわけにはいかないのだ。頑として耳を貸さないわたしに対して、ミヤコ様は「本当に頑固なんだから」と呆れたようにため息を吐かれてしまった。


 午後の侍女たちはクラウス様の話題を出す。また「素敵」だとか、「もしお付き合いできたら」などといった会話をはじめるのだろう。わたしはクラウス様がらみの噂話を聞く気にもなれなかった。ゆっくりとその場から逃げようと構えていた。


「最近のクラウス様ったら、いったいどうされたのかしら?」


 クラウス様の噂をするときは明るいはずの彼女の声が沈んでいた。彼女の口からクラウス様が格好いい、素敵ではない噂話を聞いたのははじめてな気がする。思わず足を止めてしまい、続きを待った。


「確かにそうね、やつれて、髭まで生やしていらしたし、心配だわ」


「ご病気だったら、わたしが看病するのに」


 ――クラウス様がご病気。そんなまさか、最後に会ったときは多少疲れていたようだが、ご病気のようには見えなかった。動揺するわたしをよそに、噂話は続く。


「副団長室にこもりきりらしいわよ」


「あら、それは本当?」


 ――クラウス様がこもりきりなんて。かなり重病なのだろうか。命に関わる病だったらどうすればいいのか。最悪な事態まで考えて、クラウス様が死ぬなんてありえないと思おうとした。冷静に考えれば、病ならお医者様に看ていただいただろうし、クラウス様には彼を心配する多くの人がいるはずだ。わたしなど必要ない。


 けれど。本当にそれでいいのかと迷う。迷いに迷ったとき、ミヤコ様の声を思い返した。


 ――突撃。


 いてもたってもいられなかった。わたしは不躾だとは知りつつも、慌てて部屋を飛び出した。侍女頭のマリア様に出くわしたら、どれだけ注意を受けることか、わからない。しかし、それよりもクラウス様にお会いしたい気持ちのほうが強かった。


 単なる侍女がどこまでできるのかわからないが、とにかく、彼の望む関係に戻ろうと思った。彼がご病気を克服して健康になってくれるなら、わたしは喜んで「妹」になる。妹として、あなたを支えるから。これまで通り、あの場所で話に相づちを打つから。お願いだから、扉が開いて!


「クラウス様!」


 叫んで扉を叩いて、侍女としてあるまじき行為だ。わたしのなかで「はしたないことはやめなさい」と理性が邪魔をする。でも、わかってはいても、クラウス様にお会いしたかった。だから、叩き続けた。


 ――どうか、開いて!


 何度目だっただろう。願った人が扉の開いた先に立っていた。噂通り頬がやつれ、薄らと髭が生えていた。


「クラウス様」


「エリエ殿」乾いた声が鼓膜を震わせる。


「病とは本当ですか? まさか、死に至る病ではございませんよね?」


 顔色は悪いし、瞳も見開かれてお間抜けな表情をされている。


「あなたは……」


「起き上がってはいけません。早く寝台に横になってくださいませ」


 不躾な真似だとは知りながらもクラウス様を寝台へと促す。あまりにも動こうとなさらないので、わたしは手を引いた。


「あなたは……」


「お医者様をお呼びしましょう。今すぐにでも!」


 部屋を去ろうとしたわたしの手首をクラウス様はつかみとった。そして、自分の胸元に引き寄せると逆の手でわたしの後頭部を押さえた。つまりは抱きしめられている。


「少しは俺の話も聞いてほしい」クラウス様の手がわたしの髪の毛を撫でた。

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