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エリエとクラウス

 クラウス様と話すようになって、わたしの心がゆっくりとほだされているような気がする。彼が楽しそうに話すだけで、わたしにも嬉しさが移ってくる。


 友情というのは大変おこがましいが、わたしたちの間で、多少の信頼感が生まれているのは確かだと思う。だから、こみいった話までしてくれるのだろう。


「近々、親父が登城するとの手紙があった」


「クラウス様のお父上ですか?」


「ああ、何をしているのか所在すらも掴めない親父だが、ミヤコ様を実の子以上に可愛がっていたから、大方、お会いしたいのかもしれないな」


 クラウス様のお父上を想像してみると、彼以上に堅物な男が頭に浮かんだ。多少、老けてはいても、横顔とか、似ているところがあるかもしれない。勝手な想像をしていると、クラウス様がほほえんでいた。


「そろそろ夜も遅い。送ろう」


 今日も手を差し伸べてわたしを立たせてくれる。それは緊張の一瞬でもあったが、嬉しいと感じる瞬間でもあった。


◆◆◆


 侍女であっても訓練というのは大事だ。いつ何時、お城が攻めこまれないとも限らない。その時を想定して、ミヤコ様をどう安全に誘導すべきか、手頃なものを使って身を守る方法など、騎士団の方たちから指南を受ける。


 まあ、大半の侍女はお目当ての騎士とお近づきになることを願っているのだろう。一番人気はやはり、クラウス・ヴォルグフート副団長で、彼の前には人だかりができていた。あんまり人気がないのは、団長のガストン様だった。わたしは迷わず彼のもとへ行く。


「よろしくお願いいたします、ガストン様」


「お前は確か……」


「エリエです。ミヤコ様に仕えている侍女です」


「ああ、ミヤコ様の」


「ええ」


 納得されたらしい。ガストン様とはあまり話す機会もなかった。侍女たちの噂によると、隠密のジュリア様とは昔恋仲だったとか、婚約者だったとか。ジュリア様だけでなく、意外と女性との噂が多い方だ。


「俺でいいのか?」


「え? 何故ですか?」


「いや、強い視線を感じてな」


「視線、ですか?」


 ガストン様に言われて、周りをぐるりと見渡してみる。でも、クラウス副団長に夢中な侍女や他の騎士たちに教わる侍女くらいしかいなかった。わたしたちに向いている視線はない。首を傾げて、ガストン様に向き直ると、彼はニカッと笑った。


「気にするな。では、はじめるとするか」


「はい!」


 こうして、ガストン様の訓練を受けることになった。終始、厳しかったものの、女性でも扱いやすい武器の使い方は大変、タメになった。しかし、全身は筋肉痛で強ばってしまい、使い物にならなくなってしまった。


 何とか1日を乗り越えて、薄暗い空の下、いつもの場所で長椅子の端に腰をかける。


 しばらくして、わたしの隣に座るのはクラウス副団長。いつもは「隣、いいかな?」と声をかけてくれるのに、今日は断りがない。いきなり、腰を下ろす音が聞こえて驚いてしまった。


「クラウス様?」


「すまない、驚かせてしまったか?」


「少し」


 クラウス様はどこか疲れているようで肩が一段と下がっている。先程から目線が合わないのも疲れているせいなのかもしれない。騎士団もいろいろと忙しいのだろう。それなのにこうして姿を現してくださる律儀さに、申し訳ない気持ちになってしまう。


「エリエ殿」


「はい」


「あなたは」


 ようやく目線が合った。言葉を発するよりも、じっと見つめられる。クラウス様からの強い視線ははじめてだった。


「あの、クラウス様?」


「いや、何でもない」


 いきなり目線を外して、ごまかそうとする。何か言いたいことがあるはずなのに、言いかけてやめるクラウス様に腹が立った。


「あなたは何でもないことのために、わたしの名を呼んだのですか?」


「そんなことはない!」


「それなら、話してください」


 クラウス様は長いため息を吐く。


「今日、訓練があっただろう?」


「ええ」


「エリエ殿は俺のもとに来ると思いこんでいた。しかし、実際、あなたは団長のもとに行っただろ。それが衝撃で、来ると思いこんでいた自分が恥ずかしい。しかも、あなたが団長と組み合っているのを見ると、ハラハラした」


「あの、それはわたしが弱々しいということですか?」


 確かに騎士団の者から見れば、まるで訓練にもなっていなかったかもしれない。しかし、団長には「筋がいい」とほめられたのだ。


「いえ、そうではなく。どうも胸の辺りがもやもやしてきて……」


「ご病気ですか?」


 それもクラウス様は首を横に振って否定される。


「おそらく、エリエ殿を可愛い妹のようだと思っている。だから、兄としてガストン団長に大事な妹をとられたような気分になったのだと思う……」


 「大事な妹」と呼ばれたことは喜んでいいのかわからなかった。実際、クラウス様を兄だと思ったことは一度もないけれど。


「わたしが妹ですか」


「ああ」


 クラウス様の妹としてのわたしを想像してみると、何だかんだ大事にされて幸せかもしれない。兄が騎士団の副団長というのも自慢になるだろう。


「それもいいかもしれませんね」


「本当に?」


「ええ、お兄様とお呼びしてもよろしいですか?」


 冗談まじりにそう告げると、なぜか、不服そうなクラウス様のお顔があった。まるで感情を隠すように髪の毛をかき乱し、手を離したときにはぼさぼさである。どうしたのだろう?


「そうか……俺は」


 ぶつぶつと何やらつぶやいているようだが、わたしの耳には届かない。そんなにも「お兄様」と呼ばれたくはなかったのだろうか。でも、妹というものは兄をそう呼び合うのだと思う。


「エリエ殿、今日はこれにて失礼する」


「え?」


 余程、気にさわったのか、クラウス様は立ち上がってしまう。理由を聞くことも、引き止めることもかなわぬまま、わたしはひとり残された。


 これは喧嘩というものではないだろうか。クラウス様と喧嘩なんてはじめてだ。そういえば、他の誰とも喧嘩したことなどなかった。

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