終わりはない
結婚する。望んでいたことなのに、どうして嬉しいだけじゃ終わらないんだろう。不安とか言い様のないものが胸にうずまいて仕方ない。
そんな心が晴れない日には必ず行く場所がある。かつて、サディアスが暮らしていた薄暗い部屋だ。それは今も同じ場所にある。
サディアスと離れ離れになってからは、よくこの部屋に忍びこんで(マリアさんには内緒で)、掃除していた。あるときは散らかった本を棚に戻そうとしたけど、サディアスがいたときの名残が消えるのが嫌でやめた。
サディアスが寝泊まりしていた部屋に入り、ベッドに腰かける。いつもきらびやかな衣装や人たちを目にしているせいか、こういう薄暗い感じが落ち着く。
はじめの頃、異世界に来たばかりのわたしには考えられなかったけど、この薄暗さがすごく好きになった。
「どうしてこうなったんだろ」
もちろん、サディアスと結婚なんて思わなかったはずなのに。サディアスを好きになって、告白して、何だかわからないけど、両想いなった。いつしか、サディアスといると楽しいと感じて、彼のまわりがきらきらと輝いて見えた。目の錯覚と言われれば反論できないけど。
でも、サディアスはいいんだろうか。あれだけ好きだった鉱物から離れて、後悔はしていない? この疑問を本人にぶつけることはできなかった。わたしは臆病だから。「ああ、少しは後悔している」とか言われたら、立ち直れない。
「ここにいたのか?」
まさに頭に浮かんだ顔がそこにあった。
「サディアス」
寝癖だらけだった赤い髪は後ろに撫でつけられている。無表情だけど本当はわずかに変化が見える。怒っているように眉をひそめているのは、わたしを心配してくれている表情だ。
「探した。だが、まさかここにいるとはな」
眉根のしわがゆるんでいるのは警戒心が抜けているときだ。たぶん、嬉しいときの表情だと思う。
サディアスはわたしの左隣に腰を落とした。その間に距離はない。彼がわたしの肩を抱き寄せたからだ。本当に密着が好きだな、サディアスは。それも悪くない。むしろ、そうしてほしい。
サディアスは深くため息を落とす。これは彼が話をはじめるときの合図になっている。
「最近のお前はため息ばかりだ。何を考えている? まさか、今になって“あいつ”のほうがいいとか言わないだろうな?」
「“あいつ”って誰よ?」
「副団長だ」
何でここにクラウスさんの名前が出てくるんだろう。クラウスさんはわたしのお兄さんみたいな人だ。確かに少しはドキドキしたり、憧れたりしたけど、それは恋とは違う。サディアスにも何度かその説明をしたはずなのに、わかってくれていないらしい。少し腹が立った。
「だったら、どうする? サディアスよりもクラウスさんを選んだら、どうするの?」
「ダメだ。お前をクラウスになど渡さん」
「でも、わたしが選んだのよ。それなのに、わたしのしあわせをぶち壊すの?」
「お前は俺が他の誰かと結婚してもいいのか?」
サディアスのとなりに別の人を想像する。
「ムカつく。無理みたい」
「そうだ。俺もだ」
「何か、聞くだけバカだったかも」
「やっと、わかったか、アホ面」
不意打ちの「アホ面」。かなり久しぶりに聞いた気がする。目を細めて口元をゆるませたサディアスの優しい顔は、胸のもやもやが晴れるくらいの衝撃だった。
悔しいけど、好きだから仕方ない。きっと、わたしの顔は真っ赤だろう。それを隠したくてサディアスの胸に顔を押しつける。すぐに腕がわたしを抱き締めた。
「頼むから迷うな」
「アホ面をやめないでくれたら、もう迷わない」
「嫌じゃないのか?」
「うん、たまにはアホ面って言って。そう言われると、嫌なことも全部忘れちゃうから」
心が沈むとき、いつもサディアスと言い合って解消できた。あのやりとりがあったから、どんなことも乗り越えられたんだ。だから、これからもそうであってほしい。
「わかった、そうしよう。ああ、そうだ、ヘボ女王。お前、どれだけ書類を書き間違いする気なんだ。大臣が困っていたぞ」
まだまだこちらの文章になれなくて間違いが出てしまう。その指摘は仕方ないけど、「ヘボ女王」って何よ!
「それ、言い過ぎだから! あんたこそね……」
たぶん、結婚してもこのやりとりは続いていく。終わりは、ないな。
おわり




