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女王の婚約者(サディアス視点)

 まさか、こんな女に心を翻弄されることになるとは、まるで予想していなかった。アホ面を常時装備した女は、頬を赤らめて俺の部屋を訪ねてきた。


 夜も深い。婚約はしているものの、女が男の部屋を訪ねるなど、マリアが見たら「はしたないですわ」と叱るに違いない。そんなことすら頭にないのだろう、この女は。


 いつまでも夜着を纏った女を放ってはおけず、部屋のなかへと招き入れる。婚約者となった俺に用意された部屋は無駄に広い。本棚だけで占められた部屋が理想なのだが、収納棚や文机、角の丸い卓まで設置されている。


 とりあえず、卓に入っていた椅子を引いてそこに座らせた。


 いつもはまとめられている黒髪が、うつむいたことで肩や胸元に流れる。花の油を使っているせいか、甘い香りが鼻をくすぐる。艶やかな髪の毛だ。知らぬ間に指を伸ばしていたようで、彼女が顔を上げたとき、ようやく自覚した。俺は何を血迷ったのだろう。


 自分の動揺を隠すために「で、用は何だ?」と何でもないように話を振る。彼女と向かい合わせの席に着いた。


「用はね、その、あの」


 何かを伝えようとしているのはわかるが、俺の気は長くない。顔の中心に力が入り、不機嫌そうな表情になってしまったかもしれない。なるべく、そうならぬように表情を開く努力をする。


「明日、仕事が終わったら」


 女は女王となり、執務室で過ごす時間の方が長かった。俺も事務仕事は得意なため、手伝ってはやれる。それでも彼女の負担は相当にあるだろう。女王となってまだ数日。俺にできることなら手伝ってやろう。それが今の想いだ。


「散歩しないかなと思って。確かに仕事のときは顔も合わせてるけど、ふたりきりで話すこともないから。どうかなって」


 なぜ、断られるような自信のない言い方をするのか、俺にはわからない。


「嫌ならいいの!」


 まだ何も答えていないのに女の思考は悪いほうに向かったらしい。面倒になったと思いつつも、ふたりだけというのはそそられる。「わかった」と答えた。


「明日だけでなく、空いている時間はふたりでいる」


「えっ?」


「ミヤコ」


 できるだけ優しく呼びかけてみると、女――ミヤコは顔を赤らめる。本当にアホ面は変わらない。こんな表情をいつから好ましく思うようになったのか、俺でさえ正解がわからないが、確かに好きなのだ。


「さ、サディアス」


 彼女の視線が俺にとらわれているところを見ると、もはや、たずねる必要もない。顔を寄せて唇を奪ったとしても許されるだろう。


 卓が邪魔で素早く立ち上がる。彼女が座る椅子の背もたれに手をかける。戴冠式の日には邪魔をされたが、今回ばかりは途中でやめたくはない。


 ずっと触れたかった長い髪の毛をひとすくいして、唇を寄せる。彼女が「わっ」と間抜け面になるのに満足して、手を離す。頬のかたちに沿うように手をそえて、ゆっくりと唇を重ねた。思ったよりもやわらかい唇にすべてを食らいつきたくなる。


 ――もっとだ。そんな欲望が溢れれば、触れるだけなど無理な話だ。深く、深く貪る。


 背もたれが悲鳴を上げるほど、彼女の体を押しつけていたらしい。痛くならないように彼女の背に腕を回し、抱きしめる。「きゃ」などと耳元で可愛い声をこぼす彼女を、俺は椅子から抱えあげて卓の上に降ろした。


「ね、ねえ」


 濡れた唇が何かをささやこうとするが、知らん。まだ婚約止まりで夫婦ではないとか、初夜を迎えていないだとか、もうどうでもいい。彼女の体のやわらかさと香りをずっとこの腕で感じていたい。


「ミヤコ」


 名を呼ぶしかできない自分を情けなく思うが、彼女は「サディアス」と応えてくれた。


 思わず、彼女の上半身を卓に押し倒したとき、夜着に浮かぶふくらみに目が釘付けとなった。夜着の紐をゆるめれば、すぐにそのふくらみを確かめられるだろう。それでも、彼女の瞳が揺れているのを見て、理性が取り戻せた。彼女は涙を浮かばせていた。


 これ以上はまずい。


「起きろ」


 自分で押し倒したくせになんと勝手か。それでも彼女は素直に起き上がる。


「少し性急すぎた。すまない」


「あ、謝らないで。ちょっと驚いちゃったけど。でも、嫌ではなかったから」


「そうか」嫌でないのならいい。


 今度は下心などなく、彼女の体を抱きしめる。大人しくおさまった彼女の長い髪の毛を撫でる。少しは落ち着いただろうか。


「サディアスにもあんな一面があるんだね」


「それはあるだろう。目の前に好きな女がいればな」


「何か、サディアスって……」


「何だ?」


 彼女は首を横に振る。どうせよいことではないだろう。身じろく気配がして腕をゆるめた。


「もう、行かなくちゃ。マリアさんに見つかったら大変だし」


 彼女は俺の胸元に手を置きながらそんなことを言う。何だ、気がついていたのか。確かにマリアに見つかれば面倒な事態になるだろう。彼女は切り替え早く、俺から離れた。


 彼女を追って入り口まで見送る。


「また明日ね」


「ああ」


 最後に下唇に吸いつく。音を立てて唇を離すと、不意打ちだったせいか、彼女はアホ面になった。さっき散々奪っただろうに、驚いたようだ。おそらく正気に戻れば怒るかもしれないが、俺はそれすらも好ましく思っている。


 まさか、こんな女に心を翻弄されることになるとは予想外だったが、悪い気はしない。


 彼女の顔が真っ赤に染まる。涙目だ。ついには、「ちょっと!」とマリアにも聞こえそうなくらい叫び出した。


おわり

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