月夜の晩に・・
家の近くに回転寿司がオープンしたので、早速行ってみよう・・という事になったのです。
すぐそこだったから、主人と二人、久し振りに肩を並べて歩いて行く事にしました。
月が出ていて何とも気持ちの良い晩でしたが、普段から無口な主人は黙ってスタスタと歩いて行きます。
私は遅れないように後から付いて行くのがやっとでした。
時折顔を上げては月を眺め、小さな幸せをかみしめていたのです。
案の定、店は混んでいました。
でも並ぶつもりで来たので、名前を書いて待つ事にしたのです。
家族連れでごった返している店の入り口付近を通り抜け、待合いのスペースに辿り着いたのですが、此処も座る場所が無いくらいに人が溢れかえっていました。
「もう、帰ろう」と、言い出すのではないかとヒヤヒヤしていたのですが、主人はタバコを吸う為に外に出て行きました。
私は自分達の順番が来た時に聞き逃しては大変なので、端っこの方に立って番を待つ事にしたのです。
人が減って椅子に腰掛ける事が出来るようになった頃、私達の2組前の家族が席に案内されて行きました。
店の人に名前を呼ばれる前に、主人を呼んでこよう・・と、私は表に出たのです。
主人は店の灯りに背を向けて、タバコを吸うでもなく、ぼんやりと月を見上げていました。
呼び掛けたのに振り向きもしません。
「・・さぁん!」店の中から、名前を呼ぶ声が聞こえました。
「はぁい・・今行きまぁす」と私が返事をすると、やっと気が付いて振り向きました。
待ちくたびれたせいなのでしょうか・・とても疲れた顔をしていました。
それに欠伸でもしたのでしょうか・・目に溜まった涙のせいで悲しそうにも見えました。
「どうしたの?変な顔をして・・」元気付けようと、主人の背中を押しながら中に入ろうとした時でした。
小さな子供が、勢いよく飛び出してきたのです。
私の脚にドンとぶつかった筈なのに、衝撃が感じられませんでした。
ただ、フワッと私の足もとを通り抜けて行った様なのです。
その妙な感覚に不安を覚えた私は、その場に立ちすくんでしまいました。
主人に声を掛けようと視線を上げた時でした。
壁に貼り付けられた大きな鏡が目に入いったのです。
その鏡の中にも違和感を感じた私は、思わず息を呑みました。
そこには主人の姿しか映っていないのです。
すぐ後ろにいる筈の私の姿が、その鏡の中に無いのです。
「何故?・・」
私は立ち止まったまま、扉の中に入って行く主人の背中と、自分の姿を映さない不思議な鏡を交互に見比べていました。
そしているウチに、うすぼんやりと嫌な事を思い出してきたのです。
一月前に自分は死んだのだという事を・・。
店の中に目をやると、主人が両脇を見知らぬ人達に挟まれた席に案内されるのが見えました。
遠慮がちに狭い隙間に滑り込み、窮屈そうにしている後ろ姿を見つめていたら、切ない気持ちが込み上げてきました。
ずっと眺めていたかったけれど、次第に涙にかすんで見えなくなっていきました。
おしまい