譲渡の儀
僕の真剣な眼差しを受けて、ラームは一瞬考えるような素振りを見せるが、すぐに頷いた。
「うん、わかった・・・いいよ。カナンにお姉さんと仲直りして欲しいもん」
「・・・ありがとう」
「ううん・・・僕の方こそ。僕に魔力が無いのを知って、僕を選んでくれたんでしょ?本当は誰でも良かったんじゃないの?」
本当に聡い子だ。確かに、最初は里長であるハギアに渡そうと考えていた。創製神一族とは違い、風の民には暗黒期はない。つまり闇の力を得ても問題は無いからだ。
しかし、誰でもいいわけではない。本当に信用できる相手でなければ創造主の力の一部を渡そうなどとは思わない。
「誰でも良いわけではないよ・・・ラームなら、上手く使ってくれると信じてる。・・・じゃあ、始めよう」
「・・・うん」
ラームは緊張した面持ちで頷く。僕は立ち上がってラームの手を引き、控えの間の奥へと向かう。
控えの間の奥、神殿の中心である儀式の間には大きな魔法陣が描かれている。それは魔力を外に逃がさない様にするためのものだ。
元々は『神界』から『魔界』への送還や、『魔界』から『神界』への召喚のために使っていた移動用の魔法陣だったが、今は『神界』と『魔界』の関係があまり友好的なものではなくなり、界渡りの術を知る一部の者のみが行き来するだけになってしまったため、移動用の術式を消してしまった。
ともかくも、神や魔王ですらも行き来していた魔法陣はとても丈夫に作ってある。創造主である僕の闇の力だとしても外に漏れ出してしまうということはないだろう。
「さあ、ラーム・・・魔法陣の中心に立って」
僕がラームを促すと、彼はそれに従って魔法陣の中心に立つ。
「・・・痛くはないからね・・・すぐに終わるよ」
ラームと向かい合うように立って告げる僕に、ラームはこくりと頷いた。
「・・・我が名はカナン・・・創製神クマリの加護を受けし者。古より伝わる譲渡の儀を執り行う」
僕がそう宣言すると魔法陣が赤く輝き出す。目を見開くラームに微笑んで見せ、僕は懐剣を取り出した。
「我は我が意思により、闇の加護を、汝、ラーム・アライラに全て譲らんとす」
一段と魔法陣が輝きを増し、光の粒子がラームを包む。僕は持っていた懐剣を左目に押し当てる。
「ッ!・・・カナン!?」
ラームが仰天してこちらに駆け寄ろうとする。
「動いちゃダメだ!・・・儀式が失敗するッ」
僕の鋭い声にラームは唇を噛みしめ、その場に踏みとどまった。
そして僕は、左目に当てた懐剣を強く押し引き、そして縦にえぐるように刺し込む。
「・・・っ痛ぅ」
激痛に気が遠のきかけるが、何とかそれに耐えて懐剣を引き抜く。
ボタボタと流れる血が床に溜まる。
「・・・っあ・・・身体が・・・軽く?」
ラームの身体がふわりと浮き、赤く輝いていた魔法陣が真っ青な光を放つ。
「・・・っく」
光が視界を焼く。それは、儀式が成功した証だった。
僕は身体中から力が抜けて、すとん、とその場に座り込んだ。




