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彼女の涙が床に落ちていた。
一気に話してさすがに疲れたのだろう。
彼女は少しだけ深呼吸してまた、話し始めた。
「わたしだって外見は気になる。だから、人の目が気になって仕方なくて、いつもメイクして自分をごまかしてたの。
でも、それじゃだめって気づいた。
メイクは中身を隠すもんじゃないって。
しょうさんも外見とかあまり気にしないで。
お兄さんと比較されて辛かったかもしれない。だけど、お兄さんとしょうさんは違うんだから。
しょうさんは世界にひとりだけなんだよ。
わたしはあなたの暖かい優しい中身を知ってる。
だから…きっとあなたにしかない、あなたの生きてる意味を見つけることができるはず。
もうすぐ3月なんだよ。そろそろ冬眠からさめないとね」
と言ったあと、弟に携帯を手渡した。
弟が携帯を開く。
そして呟いた。
「…2月28日」
それはさっき彼女が耳元でささやいた言葉。
弟の口がゆっくりと動く。
「みおちゃん、18才の、誕生日、おめでとう」
涙を流していた彼女の顔が、みるみる笑顔になっていく。でも涙は止まらない。いつしか、嬉し涙に変わっていた。
「やっぱり…しょうさんの心は、身体はちゃんと覚えてて起きてくれたんだね。
わたしの誕生日を必ず祝ってあげる、18年間で一番思い出になる日にしてあげる。
そう約束してたもんね。
わたし信じてたんだ。
ほんと、よかったぁ。
…でも、写真と違って少しがっかりしたでしょ?」
彼女が笑いながら言うと、弟は首をふった。
「メールや電話で感じていた…イメージそのまま、だよ。みおちゃん、らしい。だから、ぼくには、、、、すぐわかった」
今、弟はしっかりと彼女の顔を見ている。
彼女もまた弟の目を見て笑顔で応えていた。
まるで彼女が母親で、弟が息子であるような優しい2人のやり取りを、おれは横で見つめていた。
「しょうさん、早く冬眠からさめて、一緒にキャンパスを歩こうね」
彼女が、小指を差し出した。
弟もゆっくりと手を伸ばして、彼女の指に小指を絡ませた。
そして、弟の手がゆっくりと下に落ちていく。弟はまた眠りについた。
家を出て彼女を駅まで見送るまでの間、彼女にこう話した。
「また、あいつにメールしてやってくれない? 起きるたびにメールが来てるか携帯を見てるんだ」
それに対して彼女ははっきりした口調で言った。
「それはできません。これからもメールも携帯もしません。わたしも少し調べました。たしかにあの病気の原因はわかりませんね。
でも、もし精神的なものが関係してるなら…
頭のなかでその記憶を薄めていく、思い出に変えていくのが一番みたいなんです。
この先、中途半端にわたしが関わっていたら、しょうさんはきっとあのまま変わりません。
だから、今はしょうさんは自身の力で目の前の壁を越えて欲しいんです」
しっかりと彼女は言い切った。
「みおちゃんちょっとの間に強くなったんだね」
すると彼女は頭をふり、
「いいえ、変わってませんよ。最初のころは何度かメールしたいと思いました。でも、それじゃお互いにひとりの人間になれない。お互いに辛いからってすがりついてちゃ前のままですから」
彼女の言いたいことはよくわかった。彼女も辛かったはず。いや、今もほんとは辛いのかもしれない。
彼女は壁を乗り越えようとしてるんだ。
彼女の気持ちが伝わる。
「たしかにみおちゃんが言うとおり、あいつは夢に逃げてるだけかもしれないな」
彼女は微笑んで答えた。
「理解していただけて嬉しいです」
待ち合わせして、おれを初めて見たときに見せたのと同じ笑顔がそこにあった。
「…ねえ、もしかしてみおちゃん好きなひといるんじゃない?」
彼女の頬が紅くなった。
「いきなり、なんでですか?」
「あ、当たりみたいだな。もう彼氏がいたりして?」
彼女は小さく首をふり、
「気になるひとは…います」
と小声で言った。
「もしかして、おれとか?」
彼女は微笑みながら、
「たしかにりょうさんはいい人ですね。
でも、わたしも一緒でカッコいいひとは苦手なんです。わたしも嫉妬深いですからねー」
と言って舌を出す。
「わたしが気になる人はただ、ひとり…
ひと回り成長して、いつかわたしの前に現れてくれるはずの、しょうさんです!」
みおちゃんは満面の笑みを浮かべてそう答えた。
それから、鞄に手を入れて一通の手紙を取り出した。
「あ、しょうさんへこの手紙を渡しておいてくれませんか?」
彼女はそういい残すと駅に早足で向かっていった。おれは家に帰ると、眠っている弟の枕元に彼女の手紙をそっと置いた。




