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第二章(2)

 木陰の下で、時折吹く風で涼みながらインヴェルノは、(こずえ)に座り人々を眺める樹木(じゅもく)の精霊に話しかけた。

「樹木のお姉さん」

 伝わったのか、直ぐに降りて視線を合わせてくれる。

『どうしたの?…あら、あの方は?』

 あの方を指す人物がアラノだと理解するのにインヴェルノは数秒かかった。

「俺の御飯とアラノの御飯の買い出しに行ったよ」

『買い出し……』

 ひくりと頬を引きつらせて、頭を抱える精霊は心なしか顔色が悪い。何か変なことを言っただろうかと考えるも思い当たる節もない。内心首をひねっていると、精霊は気を取り直したのか此方を向いた。

『御子はどうしたの?』

 精霊が、ふわりと微笑むと空気も一層綺麗に、暖かくなる。

「お姉さんは最近カーラで起きている…事件について何か知ってませんか?」

 問うと、精霊は途端に眉をしかめ、溜息(ためいき)()いた。

『若い子達が亡くなっているあれね』

 首を横に振りながら、精霊はインヴェルノの質問に答える。

「はい。お姉さんは何か知ってますか?」

 これほどの大樹(だいじゅ)。何百年も渡ってこの街を見てきたのではないだろうか。何か知ってることはないかと聞いてみたが、所詮(しょせん)人の世のこと。精霊にとってはどうでもいい些事(さじ)であるから詳しくはわからないだろうが、魔法がらみのことは精霊の方が敏感(びんかん)だ。息を潜めて待っていると、精霊は(ひたい)に指を当てながら、教えてくれた。

『そうねえ…知っているって程でもないけれど……。強い魔力を感じたわ。まるで…でもあれは…』

 精霊が考えている間も辛抱強く待っていると、ぽつりぽつりと呟くように再び話し始めた。

『昔ね…今から百年ぐらい前…だったかしら』

「百年前?」

『ええ。あの魔力には懐かしいあの子の魔力を感じたの。およそ…百年前までここで暮らしてた子の…。でも、とても綺麗な魔力だったのに…今感じたあれは濁っている。人違いだと思うの。百年経ってるし』

「あの子って誰ですか?」

 もしかしたら犯人に繋がるかもしれない。考え込んでる精霊に勢い込んで尋ねる。精霊はインヴェルノの頭を撫でながら続けた。

『あの子は人の子。百年も昔に生きてた子だから既に亡くなってるわ。だから今の事件とは関係ないと思うわよ』

「それでも教えてください!」

『…あなたと同じ年ぐらいだったわ。薄紅色の髪の毛にね、私と同じ目の色をしてたわ』

 渋々と語り出すその表情(かお)はその頃を思いだしているのだろうか。ここではない遠くを見つめるように、目を細めて精霊は続ける。

『良く笑う活発な子でね。当時あった魔法学院、今あなたが所属してる学院より小規模だったわ。学院に入学してからも、毎年帰ってきてたわ』

 優しく笑む精霊は、その少女のことを気に入っていたのだろう。(にじ)み出る(オーラ)は、我が子に対する母の雰囲気と似ていた。しかし、その面差しに少し(かげ)りが差す。

『なのに、あの子がもう、二十歳になったときかしら。ぴたりと姿を見かけなくなったの。噂では、あの子の恋人、ああ、あの子にはね。同じ学院に通う友だちが二人いてね。二人とも男の子だったの。片方の男の子といつの間にか恋仲になってて…見てるこっちが羨ましいぐらい仲が良かったわ。まるで今のリズヴェルとカインみたいに…』

 そこまで言ってはっと顔を強張らせる精霊にインヴェルノはどうしたのか問おうしたが、待ち人がやってきたので、慌てて後ろを振り返ると、丁度後ろにアラノが手にたくさんのものを抱えて立っていた。

「どうしたんだ?」

「アラノ!」

 戻ってきた己の半身にインヴェルノは抱きつくと、わしゃわしゃと頭を撫でられる。

「痛いよ」

 髪の毛をぐしゃぐしゃに撫で回すのに抗議すると、一層強く撫でられるのを何とか避けて「おかえり」と言うと、目を細めて「ただいま」と返してくれた。

『ああ、帰ってきたのですね』

「子守、感謝する」

 短く礼を口にする、アラノにいいえと首を振る顔は、青白い。

「どうした?」

 精霊に問うも、彼女は首を横に振るだけで、何も答えようとしてくれない。アラノの視線が自分に向くが、勿論自分にもわからないので、手を横に振る。

「あの、リズヴェルとカインて」

 誰の事ですか、と聞こうとしたときだった。



「きゃぁぁぁぁぁあああああ!」

 広場に木霊する、甲高い悲鳴。

「イン!」

 鋭い声に、「先に行って」と返す。

『なにが……』

 呆然と呟く精霊をその場に残し、インヴェルノは声がした方へと人混みをかき分けて進む。

「くっそ」

 悲鳴に逃げるどころか、何が起こったのか見ようとする人波に足を取られて中々進めない。周りを見ると、インヴェルノと同じように駆けつけようにも、駆けつけることができない騎士達がちらほらと見えた。

 インヴェルノは、深く息を()くと、魔術を使用するために心を落ち着かせた。

「集え集え、遙か悠久を旅するものたち。我にその軽やかな翼をかしたまえ」

 くすくすと笑いながら、風の精霊達が周りに集まる。少し力を貸して欲しいと頼むと、一層楽しそうに笑い声が響く。

 直後、風が自分を取り巻き体がふわりと空中に浮かぶ。周りにいた人々は驚いた表情をしてインヴェルノを凝視して、インヴェルノから離れたのをみて小さく謝罪をする。

 インヴェルノは風の精霊たちに、悲鳴のした方へ連れていってほしいと伝えると、「喜んで」と返された。

「ありがとう」

 そう返すと、一層強い風が吹き、そのまま背中を押すようにして騒ぎの中心へとインヴェルノは駆けていった。




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