第二章(1)
「なあ、イン」
そこら中に所狭しと並べられている商品を品定めしているインヴェルノの後ろにアラノがまるで、影の如く後ろに立っている。
「何ー?」
目の前に並ぶ珍しい食事、焼き鳥と芋の焼き串、焼き鮭と小魚の躍り食い等々………を見るのに忙しいインは、振り向くことなく返事をする。
「少し、食べ過ぎじゃないか?」
「えー?そんなことないよ」
先程から、インヴェルノが食べてきたものといえば、果実を砂糖で煮て氷、または水飴で固めたフルーツスティックや、パンに野菜と鶏を香辛料でたっぷり味付けた揚げ物、野菜たっぷりのスープ等々・・・結構な量を消費している。
「おじさん、この焼き鳥と芋の焼き串ちょーだい」
「あいよ、二粒だ」
「はい」
「毎度あり」
歯をむき出して笑うおじさんは、後ろのアラノにも「いらないのかい?」と聞くも、アラノは首を横に振った。
「お腹空いてないの?アラノ」
「さっき林檎を食べたから大丈夫だ」
道行く人々のどことなく浮ついた雰囲気に気圧されながらも、インヴェルノは大市を見て回る。途中で、必ず騎士もいて、二人組みで巡回をしているみたいだ。
「そういえば、隣の市からも、騎士が応援できてるんだったけ」
「そんなことを市長が言っていたな」
アラノに聞くと、紅い目を細めて答えてくれた。
「よっくもまあ、殺人が起きてる中で大市を開けたよな~」
「月に一度の仕入れ時だからだろう。まあ、祭りのような感じもするが」
「珍しいものがたくさん売ってるよなあ」
先程買った焼き串を食べながら、人混みをかき分ける。
「串が喉に刺さるぞ。中央にベンチがあったはずだ」
食べ歩きをしているインヴェルノの手をとり、アラノは大通りを進む。
「大丈夫だよ」
「第一行儀が悪い」
「そんなこと言ったって、座る所なんて無いと思うけど。それにさっきまで食べ歩きしてたのに・・・」
馬車が三つは通る事が出来るような大通りであるにもかかわらず、歩いてて肩と肩がぶつかるぐらいなのだ。これだけの人がいて、座るところが残ってるなら奇跡だ。
アラノに引っ張られるがまま大通りを抜け、広場に着くも、案の定広場にあったベンチは全て残らず埋まってしまい、中には、地面に布を広げて座り込んで食事をしている人もいる。
「ほーら。だから言ったじゃないか」
「………仕方ない。あの樹の下で立って食べよう」
アラノが指した先には、広場の中央でのびのびと枝を広げる大樹があった。そこには、ちらほらと太い幹に体を預けて、または、大人の体ほどもある根の上に座って、休んでいる人もいる。
「うん。あそこいいね」
大樹に近づくにつれ、清浄な空気が体を取り巻く。樹木の精霊の美しい顔が、此方を見た。
「はじめまして、樹木の精霊さん」
『…貴方、私のことが見えるの?』
驚いたように目を見張るその瞳の色は、美しい深緑の色。風に遊ばれてなびく髪は、大樹の幹と同じ濃い茶色だ。
「うん?」
瞬きをして、首を傾げるインヴェルノの肩に手を置いてアラノが答える。
「見えなきゃ話しかけないだろう」
アラノの言いぐさに少し、気分を害したのか、樹木の精霊は美しい柳眉を顰めた。しかし、すぐにアラノを凝視し、大樹の枝からふわりと降りた。
『これは、お初にお目にかかります』
降り立った精霊は、流れるような所作で深々とアラノに頭を垂れた。
「ええ、何?どうしたんですか、精霊さん」
突然のことに落ち着き無く、視線を彷徨わせるインヴェルノとは対照的に、アラノは何処までも落ち着いている。
「顔を上げてくれ。私の主人が驚いている」
『……はい』
少し戸惑ったように面を上げた精霊は、インヴェルノをじっと見た。
「どうしたんですか、精霊さん」
首を傾げるインヴェルノを見つめていた精霊は、ふわりと、大樹の梢も揺らして微笑んだ。
『あなたが、噂の祝福を受けた御子ですか』
なるほどと呟く声は、笑みを含んでいて、精霊は再び深々と頭を下げた。
『ようこそ、カーラへ。今は人が多い故に、空気も濁っているでしょう。どうぞ、我が梢の下でお休み下さい』
「わざわざ、ありがとうございます。少し、休ませて貰います」
樹木の精霊は、もう一度微笑むと、華麗に身を翻し、元の位置へと戻った。
さわさわと揺れる葉は、まるで音楽のよう。葉の隙間から漏れ出る光は優しくインヴェルノ達に降り注ぎ、二人は暫く木漏れ日の中で休んだ。