第一章 3
「なるほど…これは…」
騎士団団長ブラッドレーにより案内された死体安置所で遺体と対面したインヴェルノは小さく息を呑んだ。被害者のシェリーの髪の毛は、血がこびりついて固まっており、薄く開かれた唇からは僅かに血液が付着していた。ブラッドレーはアーベルに話したことと同じ説明を、インヴェルノとアラノに、完結に話した。
現在、同じように亡くなった者は五名。全員二十代前半の女性で、シェリーと同様髪が血で塗られ、心臓のみ、体内から綺麗に抜き取られているのが特徴だ。
どの女性も夕方から深夜にかけて殺害されており、目立った外傷は何処にもない。一体どうやって心臓が抜き取られたのか、外傷が全くない故に見当も付かない。初めは争った形跡もない事から、友人、若しくは知人による犯行かと思われたが、五人に共通する友人知人は全くおらず、職場も別々のことから、見ず知らずの他人による無差別連続殺人事件だという見解が騎士団では固まりつつあるらしい。
「どうですか」
粗方の説明も終わり、アーベルはインヴェルノに聞いた。
「………」
インヴェルノは目を閉じて殺害を行った者の魔力が残っていないか探る。身体に傷をつけることなく、体内から内臓を取るなんて芸当は、魔術ならば可能だ。魔術を応用すれば、内臓をとることなんて簡単である。
どれほど経っただろうか。アーベルには数十分、いや、数時間かかったかのようにも感じた。
「残ってませんね」
はあとため息が各々から漏れ出る。
魔力は、個々の鼻や耳、指紋が異なるように一人一人全く異なる。そして、この一人一人異なる魔力を見分けることの出来る者は少数だ。余程魔力が高く無い限り見分けることは不可能である。
インヴェルノの場合は「色」として視る事が出来るが、インヴェルノの友人には「香り」でわかる者がいた。これがなかなかのくせ者で、体臭を嗅いでるようなものらしい。腋臭のような魔力もあるらしい。聞いたとき「色」でよかったとインヴェルノは心底そう思ったことを思い出す。
遺体につと目をやる。二十三才なんてまだ遊びたい盛りだったろうにと思うと不憫で仕方がない。安らかに眠ってるかのように見える死に顔は青白く、口の端に残ってる血液が生々しい。
「時間が経ちすぎたようです。欠片も魔力が残っていませんね。しかし、使用された魔術に関しては検討がつきました」
「面会を許可してくださりありがとうござます」そう言って頭を下げたインヴェルノにブラッドレーは「いや。アーベルがわざわざ協会より呼び寄せたんだ。このぐらい当然だろう」と苦笑いした。
ブラッドレーはふと思いだしたようにインヴェルノに聞いた。
「そういえば、使用された魔術は判ったと言っていたな」
「はい」
「どんな魔術なんだ?」
「まあ、それなりに腕の有る者にならば、誰にだって魔術を応用すれば使用可能ですね」
「そうなのか」
眉をしかめて聞いてくるブラッドレーは、じっとインヴェルノを見てきた。
「やろうと思えば私にだって出来ますよ。ただ、魔術師達がこういうことが出来ることを知ってるだけであって、実際使用する事は禁止されてますので、あしからず」
魔法協会にはしっかり法律がある。これを破った者は、協会に所属する全ての魔術師、全世界の魔術師を敵に回すことにある。地の果てまで捕まえるまで追いかけ続けられるのだ。協会の張る包囲網から抜け出せた者を、インヴェルノは聞いたことがない。
「少し、町に出てきます。情報をまた別の口で探してきましょう」
「では、私も…」
一緒に来ようとするブラッドレーとアーベルにインヴェルノは「大丈夫ですので」と微笑むと、退室した。