第一章 2
「ようこそ、カーラへ」
ロイより手渡されていた地図に描いてあった市長の家へ着いたとき、出迎えてくれたのは痩せぎすの男だった。目尻がさがり、口元にたたえた微笑は、普段ならば見る者を安心させるだろうが、いまは頬が痩け、青白い顔色は今にも倒れそうな弱い印象を受ける。
「私、市長を務めております。アーベルと申します」
深々と頭を下げるアーベルに倣い、インヴェルノとアラノも会釈する。
「はじめまして。魔術師のインヴェルノと、連れのアラノです」
「はい、はい、お持ちしておりました。どうぞ、中へ」
市長自ら客室へと案内してもらう。廊下は大の大人二人横に並んでも余裕があるくらい広い。
「どうぞ」
重厚なドアの前には、屈強な使用人が二人待機しており、市長が前に立つと同時に扉を開けてくれた。
「ありがとうございます」
市長と使用人に礼を言い、室内に一歩入った途端、照明が灯った。
市長は二人ともソファーに座ったのを見届けると、「さっそくですが」と切り出した。
「手紙を読んでいただけたでしょうか」
「ええ。学院長よりアーベルさんからの依頼状を読ませて貰いました」
市長・アーベルは、ほっと息を吐くと魔法協会の紋章の入った封書を取り出し、見せてくれた。
「……そうですか。魔法協会から紹介状を預かっております。どうぞ、カーラの市民を守ってください!お願いします!」
勢いよく頭を下げるアーベルを、なんとか宥め、インヴェルノは手紙ではわからなかった詳細を尋ねた。
「手紙には、二十代の娘達がその、尋常でない殺害をされたとしか記載されてなかったので、魔術によるものなのか、判断できません。なので、詳しい概要を教えてもらえませんか」
大きく肩を揺らしたアーベルは、深くため息を吐くと、ゆっくりと一ヶ月と二週間前から起こっている事件について話し始めた。
◇◇◇
事の始まりは、一ヶ月前。
「アーベル様、路上で、変死体が見つかったそうです」
普段自分の身の回りの警備を務めてくれている騎士より報告を受けたアーベルが、騎士団の元へ行くと、騎士団の団長と、変死体と対面することが出来た。
「シェリー・カルヴァート 二十三才 女性 仕事先の近くの路地裏で発見されました」
騎士からの報告を受けながら、シェリーの死に顔を見つめる。死体には、僅かに眉を寄せてるだけで、目立った外傷はないように思ったが、ふと、髪が変に固まっていることに気づいた。
「髪の毛が…」
「ああ、気づいたか。普通の死体と違うのは髪の毛と体内にあるんだ」
騎士団団長、ブラッドレーは太い茶色の眉を力一杯しかめて答えた。髪の毛に顔をおそるおそる近づけながら、アーベルは臭いを嗅いだ。強烈な鉄の臭いと、独特の腐敗臭が鼻に広がる。
「これは、血…なのか」
「はい。髪の毛にのみ、血が塗られています」
まだ、入ったばかりなのだろうか。はきはきと答えるのは亡くなったシェリーと同年代ほどの青年騎士だ。
「あと、検死した結果、妙なことに目立った外傷は無いのに心臓のみ体内から抜き取られてあります」
青年騎士は金髪の髪を少し整えながら更に詳しく教えてくれる。それを理解したとき、激しい嘔吐感がこみ上げてきた。
「なんだそれは!」
思わず吐き出すようにいうアーベルに団長のブラッドレーは、重々しく首を横に振り、アーベルの肩に手を置いて、二度叩いた。
「どうやって抜き取られたのか、普通の者にはまず無理だろうな。髪に付いた血は、体に外傷のないことから、おそらく抜き取られた心臓からとった血だろう」
「…普通の者ではないとは、どういうことだ」
「…部下に、昔魔術をかじったことがある者に見せたところ、魔術ならば、無傷で内臓のみ取り出すことが出来るかもしれないと、言っていた。確証はないがな」
「同じような死体は、他に二体。どれも二十代前半の女性で仕事帰りに殺害され、手口も同じです」
「……市民には」
「まだ伝えてません」
「市民に、二十代の女性は夕方より出歩かないよう、注意する。騎士団は、朝、昼、晩と巡回を強化してくれ」
「お任せ下さい」
このときから警備を強化し、市民達に注意を呼びかけたにもかかわらず、一週間おきに二十代前半の女性の命が絶たれていった。
◇◇◇
「……心臓だけ抜き取られてるんですか」
「ええ。魔術で可能、でしょうか」
「……確かに。出来ますよ」
体内に位置指定すれば、体内を焼き、殺すことだって、魔術師ならばだいたいの者が出来るだろう。ただ、誰もしないだろうが。
「アーベルさん」
「はい、何でしょう」
「女性達の亡骸を見ることって、出来ますか」
「え、いや、しかし」
アーベルはインヴェルノをまじまじと見て、躊躇ったが重ねて頼み込んでようやく了承を取ることが出来た。
もしかしたら、魔術を使用した者の残滓が残っているかもしれない。市長に来た早々、慌ただしくて悪いが、騎士団の元へと案内してもらった。