終章(4)
それをちょうだい。と魔女はソフィアの胸のあたりに手を伸ばした。
魔女の手は胸にまるで吸い込まれるように埋まり、ソフィアからは魔女の腕が自分の胸から生えてるように見えた。
「な、なにこれ」
「魔法、見たことないのかしら」
魔女はそう言うと、楽しげな笑い声をあげた。
「この魔法はね、人間の体から生きたまま心臓を取り出すことができるの。でもこれは禁忌の魔法でね、これを使ったものは、死刑になるんだけれど」
至近距離で歌うように魔女は言うと、見るものを魅了する美しい笑みを浮かべた。
「でも。バレなきゃ何をしてもいいわよね? 」
「あああああああ」
魔女がそう言うと同時に、ソフィアは体に激しい痛みを感じ思わず叫んだ。
どうすることもできずに魔女にされるがままになっていると、急に魔女の体が吹っ飛んだ。ソフィアも立っていられず、座り込むと目の前に誰かが立っているのが見えた。
立っていたのは、黒い影を纏ったアラノだった。
「おいババア、いま何してた?」
アラノはソフィアをちらっと一瞥すると、すぐに魔女に向き直った。魔女はすぐに体制を立て直し、凄まじい形相でアラノを睨んでいた。
「あなた・・・精霊?」
質問には答えず、アラノをしばらく見つめると、魔女は驚いた顔をした。
「それも結構強い・・・まったく魔術協会もとんだ魔術師を送り込んでくれたわね」
「おいババア、何一人で喋ってんだババア。俺はいまこいつに何してたのか聞いてんだけどババア」
「あなた、ババアババアうるさいわよ!」
「うるさいのはあんただ。ババア」
アラノは目の前に手を出すと、影をそこに集め始めた。
「もう少しで俺の主人がくる。それまでおとなしくしててもらおうか」
影は凝り固まり、小さな球体となると、アラノの手のひらに収まった。
ソフィアが何をするのかとみていると、魔女に向かって球体は浮遊すると、一気に膨れた。
「なに、これ」
影は瞬時に魔女を包むと、大きな黒い球体となって静止した。
「これは影牢」
なんだそれは。と思っていると、背後で教会の扉が開き、インヴェルノとカインが追いついた。
「アラノ、影牢か?」
「そうだ、中に入ってる」
カインはふらつきながらもソフィアのそばにより、ソフィアを抱きしめた。
「ソフィア、怪我はないんだね」
「大丈夫よ、カイン兄さん。カイン兄さんこそ、大丈夫なの」
「大丈夫だ」
インヴェルノはアラノの隣にいき、影牢に向き直った。
「アラノ、大丈夫?」
影牢は小さくなったり、大きくなったりしている。
「・・・悪い、無理そうだ」
冷や汗をかきながら、球体を抑え込もうとしているアラノに、インヴェルノは「大丈夫だよ」と返す。球体は膨れ上がり、すぐに弾けた。
「はじめまして、魔女さん」
球体があった先には、蓬髪を乱し肩から血を流しながら魔女が立っていた。
「うわあ、すごい」
バカにしてるのか、本気ですごいと思ってるのか判然としないが、インヴェルノが拍手をすると、魔女が大きなため息をついた。
「こんな坊やが翡翠の魔術師なのね」
「インヴェルノといいます。魔女さんは」
「あなたと仲良くするつもりもないわ」
「そうですか。残念です」
インヴェルノはさほど残念でもなさそうに肩をすくめると、魔女に微笑んだ。
「でも二、三質問させてください。なぜ若い女性ばかり殺したんですか。あと、なぜ心臓を抜き取ったのですか」
「ちっとも残念そうじゃないわね。あと一気に質問しないで。蘇りの術を試してただけよ」
若いから知らないかしらと呟く魔女に、インヴェルノは思いっきり顔を顰めた。
「あんな魔術を信じてるんですか。効果があると立証されてもないし、使うことは禁忌のはずです」
「あら知ってるの。物知りね坊や。蘇りの術をするために若い女の心臓が必要だっただけよ」
「じゃあ、リズさんに・・・魔法をかけたのは」
「死の魔法ね。あの子がこの教会に勝手に入ったからよ。ここはレイと私の場所よ。あなたは大切なものを壊されたら、ああ仕方ないかで済ませられる? 私は無理ね」
そういうと魔女は 凄絶に笑った。その言葉にカインが声をあげるが、結局力が出ず、ソフィアにもたれかかって終わった。それをみてインヴェルノは眉をよせた。あまり、時間がない。
魔女は相変わらず、狂ったように笑ってる。
「カインさんに傀儡の術をかけたのは?」
「その男が悪いのよ。ギャアギャアうるさい。死の魔法は解くことなんて出来ないのに馬鹿よねえ」
くすくすと笑う魔女にインヴェルノは怒りのまま魔術を行使しそうになるのを必死で抑えて、魔女に向き直った。
「よく、わかった。」
「あら、何がわかったの? あなたに、私の何がわかったのかしら」
笑いながら聞く魔女を睨み、インヴェルノは低い声てわ捕縛の術をかけた。床から植物が出て、太い幹、茎を魔女の体を強く拘束する。
「あなたは、魔法による殺人と第1級の禁忌の魔法まで使用した。正規の魔術師も、野良の魔術師も皆、魔法協会が定めた魔法憲法を遵守する義務がある。よって、インヴェルノ・カルディナーレの名の下に、あなたを捕縛する。法のもとで裁かれよ」
「あら、まあ。わたしを捕縛するのね。酷いわ」
頭の螺子でも飛んだのか、未だに笑う魔女をアラノも、ソフィアもカインも気味悪く見ていると、魔女はインヴェルノを睨みつけた。
「インヴェルノ、ね。名前覚えたわ。あなた、大切な人を亡くしたことある?」
インヴェルノが答えないでいると、魔女は無邪気に笑った。
「人ってね、案外簡単に狂うものなのよ。」
そういうと魔女の姿はまるで蜃気楼のように消えた。
「きえ、た?」
ソフィアは目の前の光景が信じられなくて、目を擦った。
「逃げられたね。拘束具を先につけとけばよかった。アラノ、悪いけど外見てきてくれる?」
「わかった」
アラノが外へ出ると、インヴェルノはカインとソフィアのそばへ走った。
「カインさん。無茶を、しましたね」
くしゃりと顔を歪めるインヴェルノをみてソフィアは驚いてカインをみた。
「インヴェルノ君、ありがとう」
痩せて面変わりしているが、目だけは正気を保っている。その瞳に感謝の思いを感じてインヴェルノは首をふった。
「気づくのが遅れました。・・・魔女のことはお任せを。翡翠の魔術師の名にかけて、いいえ、魔法協会総力あげて必ず、捕まえて、罰を受けてもらいます。それと、リズヴェルさんのことも・・・お任せください」
その言葉を聞くとカインは嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
囁くようにいうと、カインはまるで眠るように息をひきとった。
「カイン、兄さん? 嘘でしょう? カイン兄さん! だってまだ姉さんが、あ、あああ」
ぽたぽたと、カインの顔に大粒の涙が落ちる。姉にとってとても大切な恋人で、ソフィアにとってはいつも構ってくれる頼れる兄だった。騎士で、強くて。姉との結婚式がとても楽しみだったのに。
ソフィアが泣いてる間、インヴェルノは何も言わず、そばに寄り添った。
それが何よりも、ソフィアには有難かった。