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終章(2)

 真っ暗な街は、いつも見ている景色と全く違う。

 月明かりだけを頼りに、ソフィアは森へ向かって走っていた。

 心細さと不安で、震えそうになる足を叱咤して、ソフィアは走り続けた。

 

 ソフィアは森の前まで来て、慌てて木の陰に隠れた。

 「もう、俺の声は、届きませんか?」

 哀しげに響くその声を聞いて、ソフィアは思わず上げそうになった嗚咽を押し込めた。

 森には、カインとインヴェルノとアラノがいる。

 あまりにも変わり果てた姿で、カインはまるで幽鬼のようにたたずんでいる。闇の帳がおり、青白い顔には、炯々と目が一点だけを見詰めている。

 カインが答えずに、体を左右に揺らしているのを見て、ソフィアは思わずこみ上げる涙を止めることが出来なかった。

 何故、何故、何故。 

 どうして、こんなことに。

 カイン兄さんをあんなふうにしたのは誰。

 おねえちゃんを、あんなふうにしたのはだれ。

 「魔女、そうよ。魔女のせいよ」

 ソフィアは再び意を決すと、カイン達から離れ、森の奥へと入っていた。


 森の奥へ進めば進むほど、自身を蝕む不安は濃くなって行く。

 「もう少し、先だったわよね」

 静寂の中、自分の声だけが響く。心なしか肌寒さも感じてソフィアは腕をさすった。

 草をかき分け、先へ進むと、やっとで開けた道へ出た。

 ふとソフィアが顔をあげると、目の前に薔薇の生け垣が現れた。

 「ここ・・・?」

 ソフィアは姉が言っていた言葉を思いだした。

 とっても綺麗な女の人がいたの。

 


  その人物に薔薇をもらい、その日のうちに姉は昏睡状態になったのではなかったか。

ソフィアはそこまで思考を巡らすと、ごくりと唾を嚥下した。

薔薇の生け垣の先にある教会の扉を見つめ、一歩前へと踏み出す。

すると、教会の扉が耳障りな金属音を立てて、ゆっくりと開いた。

目の前に現れたのは妖艶な笑みを浮かべた黒髪の女性。

そこら辺にいる町の者と何ら変わりない服装に、抜けるように白い肌をもつ美しい女性だった。

「こんばんは」

女性の赤い唇が弧を描く。ソフィアも反射で「こ、こんばんは」と挨拶を返していた。女性は、半歩下がると「さあ」と言った。意図が解らずソフィアが眉を寄せると、女性は堪えきれないように笑いだした。

「あら、お嬢さん。私に会いに来たんじゃなかったの。だから、わざわざ、こんな夜更けに来たのではないの」

小首をかしげ、ふっくりとした口唇をあげる様は、同姓のソフィアでさえ、顔が熱くなる。

とても綺麗な人だ。

そう思うと、まるで冷水を浴びせられたように、ソフィアは固まった。

とっても綺麗な人。

では、この人が件の黒薔薇の魔女ではないのか。

「どうしたの。お嬢さん。さあ、早く中へお入りなさいな」

外で立ち話もあれだからと、艶やかに微笑む女性にソフィアは、抗いたいような、でも、従わねばならぬような奇妙な感覚になった。

ソフィアは一度きつく唇を噛むと、女性に向き合った。

「あなたが、黒薔薇の魔女ですか」

震える体を叱咤してソフィアは女性を睨み付けた。

女性は、一層可笑しそうに笑うと「だったらどうするというのかしら。お嬢さん」 と言った。

ソフィアは答えを聞くと、ぎゅっと自分のスカートを握りしめた。

「姉に、何をしたの」

その問いに魔女は答えることなく、教会の奥を指した。

「私、寒いのは苦手なの。だから中で話しましょう」

ついていくのは危険だとわかってはいるのに、ソフィアの口は勝手に「わかったわ」と答えていた。入るのは嫌だが、本能的にこの女性に逆らってはいけないと感じ取っていた。

  

 教会の中は仄かな蝋燭の明かりが等間隔で並べられていて、深夜だからか、音のない静かな空間だった。一歩、また一歩と魔女の後をついていけば行くほど、不安が強くなる。ともすれば脇目もふらずに逃げ出しそうになる足を叱咤し、毅然と背を伸ばして後をついてくるソフィアを、魔女は振り返りもせずに先へ行く。

 どれくらい歩いただろうか。

 時間にすれば差ほど時は経っていなかったのかもしれない。

 だが、ソフィアにすれば永遠に続くのではないのかと思うほど、長い廊下を歩かされていた気がする。

 「どうぞ?」

 魔女が立ち止まったのは、美しい薔薇の細工の施された扉の前。

 開けられた扉の向こうには特に不審な点は見あたらず、椅子と机がぽつねんと置いてあるだけだった。

 「失礼します」

 ソフィアはいつでも逃げ出せるように足にしっかり力を入れながら、入室すると、後ろから魔女がするりと入ってきた。


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