終章(1)
「アラノ、カインさんの動き、一瞬でいいから止めて」
「・・・わかった」
カインは、まるでインヴェルノ達が見えていないのか、体を左右に揺らしたまま、空を見詰めている。アラノは、インヴェルノを後ろに隠したまま右手を翳した。アラノの右手から、闇が現れた。
時間は深夜。深い闇の中、さらに濃い闇が辺りを包み込む。
それまで表情の無かったカインの顔が初めて、歪んだ。
「絡め取れ」
短くアラノが命じるのと、闇がカインの足を拘束したのは同時だった。
カインは拘束を解こうと暴れるが、闇は益々きつく拘束する。
「ありがとう、アラノ!」
インヴェルノはカインに近づくと、すっと両手を前に出した。
「闇にからめられし魂よ。身を縛りし鎖は今戒めを解き放ち、真の姿を現せ! 光戒!」
力強い詠唱によって光の精霊たちが集まり、カインの周囲をかこむと、目を開けていられないほどの強い光が森全体を包み込み、一気にカインに収束し、消えた。
「どう、なった?」
光が消えると同時に、またあの静かな闇の世界に戻る。
インヴェルノ達が目を開けると、仰向きで倒れたカインが力なく横たわっていた。
「カインさん?」
呼び掛けに、閉じていた目蓋をゆっくり開けてカインはぎこちなく微笑んだ。
「あり、がとう」
吐息に混じって紡がれた言葉は、確かにインヴェルノの耳に届いて。
「きみの、こえ、ちゃんと・・・きこえてたよ」
微笑むカインの言葉に、インヴェルノは溢れる熱いものを我慢することが出来なかった。
「よかった・・・」
震えながら手を握るインヴェルノに、カインは、弱々しくも握り替えした。
深夜。
ソフィアは自室にいた。
「カイン兄さん、お姉ちゃん・・・」
昏々と眠り続ける姉を見るのは辛く、思わず自室へ逃げこんだはいいが、今度は姉の姿が見えないのが余計に恐怖を煽る。
眠る姉と出て行ったカイン。
「魔女・・・」
カインは何処にいるのだろうか。行方不明の姉の大切な恋人を、ソフィアは思い出した。
「・・・薔薇はどうして消えたのかしら。薔薇が消えてから、お姉ちゃんはこの病気になったわ。変よ。カイン兄さんだって、あのとき、急いで出て行ったじゃない。・・・きっとあのときカイン兄さんはわかったんだわ」
ここ一ヶ月のことを思い返してると、やはり、姉の持ってきたあの薔薇が怪しく思えてくる。
じわじわとわき上がってくる不安に蓋をしめて、ソフィアはきつく唇をかみしめた。
「お姉ちゃんは、森にある教会で見つけたって言ってたわ。あと、変な人に会ったって・・・その人のせい?」
もしかしたら、森へ行けば何かわかるかもしれない。
そう思うといてもたってもいられず、ソフィアは上着をきると、すぐに外へと駆けていった。