第四章(4)
「いったたた…」
吹き飛ばされた、そう認知したのと同時に背中に鈍い痛みが走った。思いっきり吹き飛ばされた割には、あまり痛くないなと思っていたら、自分の下から低い呻き声が聞こえた。
「あれ? あ、アラノ。庇ってくれたんだ、ありがとう」
「……早くどいてくれ」
「はいごめんなさい」
アラノから早く降りようと足を動かそうとすると、前方から濃い魔力が膨れあがった。まるで鳥が胸の羽毛を膨らますかのように、ぶわっと煙が膨れてインヴェルノ達に襲いかかった。
「我を包み込め! 風籠」
舌を噛みそうになりながらも、インヴェルノは呪文を唱える。柔らかい風がインヴェルノとアラノを包み込み、前方から膨れあがった煙から二人を守った。
「イン! まだ来るぞ!」
矢継ぎ早に今度は雷光が煙から迸り、二人を攻撃してくるのを風籠で防ぎ、インヴェルノは新たな呪文を紡ぐ。
「風矢雷照!」
周りにあった風が鋭利に凝縮され、静電気を帯びて一斉に煙の中へと攻撃をする。絶え間なく響く破壊音が消える時には煙も消え、中の様子が露わになって一つの影だ出てきた。
「何なんだ・・・お前たちは!」
中から現れたのは、酷くやつれた男だった。頬がげっそりと痩け、顔色がひどく青白い。病的なほど細い腕から垂れ下がる剣を引きずりながら、歩く足は所々血が出ている。インヴェルノとアラノを見据える目と、引きずっている剣だけが異様に光っていて、口から漏れ出る声は掠れていて聞こえにくい。
「お、まえたちは、誰だ!?」
掠れた声で叫ぶと、男は無茶苦茶に剣を振り回した。アラノは後ろにインヴェルノを庇いながら、男に答える。
「この街の市長に依頼されて、殺人事件を調べにきた魔術師だ」
「ま、まじゅつ・・・し?」
「そうだ。そういうお前こそ何者だ?」
「・・・おれ、か? おれは、おれは・・・おれはリズを助けようとして。助けようとして・・・」
「リズ?」
「そう、だ。そうだ! リズを助けようとしたんだ! なのに! なのに!」
男は、言葉の途中で頭を抱え込み床にうずくまると、すまない、すまない、と泣き始めた。
アラノの後ろから、男の様子を見ていたインヴェルノは、あることに気づき目を細めた。インヴェルノは、アラノの手を握ると極力小さな声で「あの人の剣、とることできる?」と囁いた。アラノは小さく肯くと、慎重に男に近づいていった。
男は相変わらず、小さく体を丸めて嗚咽を続けている。どんな事情があるにせよ、凶器を所持してるため、何をしでかすかわからない。
気配を殺して男に近づこうとしたアラノだったが、異様な魔力を感じ取りすぐに後ろへ飛んだ。
「うわぁぁぁぁぁあああああ!!」
「なんだ・・・よ! これ!」
目の前には突如、床が盛り上がって黒薔薇がびっしりと生えていた。あと一歩退くのが遅かったっら、いくら薔薇といえども棘が刺さって、大けがをしていただろう。向こうで男が何を言ってるのか判らないが半狂乱になって叫んでるのが聞こえる。
「アラノ、大丈夫か!?」
「ああ、大丈夫だ!イン、離れてろよ!」
男の姿は薔薇の向こうに隠れていてわからないが、おそらく怪我はしていないだろう。「ひい、薔薇、薔薇、バラぁああ」と叫んではいるが、怪我をしたとは言ってない。それよりも先に目の前に立ちはだかる障害をとり除くほうが先だろう。視界を埋め尽くす薔薇は黒く、たっぷりとした花弁から香る匂いは、まろやかであるが、においがきつすぎる。鼻を手で覆っていると急に視界がぼやてきた。なぜ、と思う間もなく、目の前で立っていたアラノがバランスを崩して膝をついている。状況を理解するより先に、アラノの近くまで床を突き破って増え続ける薔薇を見て、インヴェルノはアラノに駆け寄る。
「アラノ!」
膝を突くアラノの腕をとり、肩を貸すと入り口まで逃げようとするが、薔薇はせまってくる。
「くっそ!」
アラノは悪態を吐くと、瞬時に炎を出して黒薔薇を焼く。一気に燃え広がる炎で薔薇は燃えたが、変わりに先程とは比べものにならない一段と濃い薔薇の香りが辺りを満たす。
「なんだ、これ。臭い」
鼻を手で覆ってはいるが匂いが体内に入るを防ぐことはできない。もう一歩後ろへ下がろうとすると、足腰に急に力がなくなった。
「まさか・・・この匂いのせいか?」
黒薔薇から香る匂いが原因だと瞬時に判断すると、インヴェルノは風の魔法を展開する。
「我が身は我が身にあらず、世界の息吹、空を駆ける覇者、走嵐!」
力強く呪文を謳うとインヴェルノはアラノと己を囲む風に乗ってその場を後にした。
「アラノ! アラノ! 大丈夫か?」
「ああ・・・だい、じょうぶ、だ」
体が痺れるのか指一本動かそうとしないアラノに内心焦りながらも、インヴェルノはただひたすら、清浄な力の満ちている所を目指し、駆けた。
「どこか、綺麗なところは・・・」
自身の体も痺れてきているのを感じながら、インヴェルノは清浄な所を探す。闇雲に、周りにいる風の精霊達と同調し、カーラの街を巡る風となると、一カ所、澄み切った空間を見つけた。
「・・・あった」
焦れるのを抑え、アラノの腕を肩に持ち直ししっかり支えると、インヴェルノは清浄な場所へと風に運んで欲しいと願った。
おくれてすみませんでした!!