第四章(3)
「早く、早く」
「判ったから押すな」
背中を押すインヴェルノを宥め、アラノは先へと続く扉を開いた。
耳障りな音が辺りを響かす。
「うわあ」
扉を開けた先にはぽっかりと闇が広がっていた。
何処まで先があるのか判らない、でたらめにクレヨンで塗り潰し続けたかのような空間があった。
背後から除いたインヴェルノがアラノの服を握りしめる。
「行くぞ」
アラノは、周りに炎を出現させて闇の中に身を浸した。
自分の靴音とインヴェルノの靴音が響く。背後を見ると、炎に照らされた、心なしか青白い顔が眉を寄せて前を見据えていた。
炎があるとはいえ、一寸先が見えない暗闇は誰だって恐怖を持つというのに、この子どもは毅然と前を見続けている。アラノは前を向いてふっと笑んだ。
まるで生きてるみたいだ。
徐々に慣れてきた目を瞬かせ、インヴェルノは周りを見渡す。自分とアラノの周りは、アラノが創り出した炎が柔らかく照らしてくれているが、その先は真っ暗だ。まるで、手元にその色しかなかったから、やけくそに塗りつづけたみたいだと思った。その際限なく塗られた色に自分も塗りつぶされてしまいそうで、肌が粟だった。
背後から何かが襲ってきそうで、何度か後ろを振り向いたが直ぐに前をむいた。
闇は、別に怖くない。
闇は、いつも俺を優しく抱きしめてくれるから。
優しくて、柔らかく包み込む、さながら揺りかごのような心地よさを知っている。
だから、怖くない。
そのはずなのに、先程から背筋を悪寒が走る。息を吸うのが段々と苦しくなってくる。ねっとりと絡みつくような魔力は、教会に入ってから一段と増した。ついさっき居た部屋は、腐臭と血、吐瀉物で気持ち悪かったが、それが無くなった今、一層濃い魔力が呼吸を妨げる。
何度か深呼吸をして、インヴェルノは意思を研ぎ澄ませる。雑念を払い、ただ己を蝕む魔力の根源を探る。汗が頬や首、背中を伝う。アラノの服を握りしめた手を、更に強く握りしめる。どれほど経っただろうか。時間に為てみればほんの一分だったのかもしれない。インヴェルノは、魔力がより強い場所を突き止めることが出来た。
「アラノ、真っ直ぐ進んで」
「わかったのか」
「うん。見つけたよ」
アラノは首肯すると、迷い無く真っ直ぐ進む。インヴェルノは掴んでいた服を離して後に続いた。廊下には幾つもの小部屋があった。扉が無かったり、壊れていたりしてはいるが、所々壁に施された装飾は、薔薇を象っており、長年風雨に晒されてきただろうに、とても綺麗だった。
闇の中、橙に照らされて浮き出た薔薇は、外に咲いていた薔薇を模したものだろうか。注意深く観察しながら歩いていると、少しずつ根源に近づいてきた為か、また息苦しくなってきた。
「気持ち悪い」
「・・・大丈夫か?」
振り返り、体調を尋ねてくるアラノに大丈夫だと返してから、インヴェルノは額を伝う汗を拭った。
「ここにいる」
教会の奥、おそらく高位の聖職者が使っていたのだろう、割と大きめの部屋が廊下の突き当たりにあった。扉は閉まっており、中から僅かに物音がする。アラノと顔を見合わせて、互いに肯き合うと扉から離れる。
「デトナーレ」
インヴェルノが唱えると、大きな音をたてて、扉が吹き飛んだ。そう、文字通り吹き飛んだので、辺りは長年放置されていたからだろう、埃が舞い上がり、暗いため元々見えにくかった視界が余計狭まった。埃は相手を不利にさせるだけでなく自分たちも不利にさせた。今後は古い建物を吹き飛ばすときは気をつけようと、心に刻み、アラノの向ける視線は無視し、前方を注視する。
ゆらり、と闇が動いた。
そう認知するのと同時に、インヴェルノとアラノは後方に吹き飛ばされた。