表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/26

第四章(2)

 気は急いでるのに、足がもつれ思うように進まないことに苛立ちながらも、カインは先へ、先へと走り続けた。

 辺りは、外を遊んでいた子ども達が、仲良く手を繋ぎ、歌を歌って帰ったり、夕飯の準備を始める音や、仕事を切り上げ帰る人々で溢れていた。

 カインは、リズヴェルの家を後にし、街中を歩き回り、何故リズヴェルが急に倒れたのかを考えていた。浮かぶ思考はどれもまとまりを得ず、八方塞がりだった。

 

 

 眠り続けるリズヴェル。

 禍々しい・・・気配。

 消えた薔薇。

 

 カインの頭には、先程ソフィアと交わした言葉が響いていた。


 薔薇とリディアの体調が関係しているのかどうかは、判らない。

 しかし、あの薔薇のもつ異様な気配は、カインも、ソフィアも気づいていた。『自分の直感を慢心してはいけない』見習い騎士から、騎士に上がったときに上司より贈られた言葉がある。それを思い返しながらも、カインは己の直感はあながち外れてはいないはずだと考えた。

 もしかしたら、あの薔薇は魔術に依るものなのかもしれない。

 予測の域を出ないが、カインはとりあえず、自分の考えを上司のブラッドレーに聞いて貰おうと、街中を駆けていた。

 見慣れた広場を通りすぎ、北へと向かうと、騎士団の警備所が見えてきた。

 息を切らしながら、警備所にはいると、同僚達が騒ぎながらも書類仕事を片付けていた。

「お、カインじゃないか。どうしたんだ、そんなに息を切らして」

 同僚が目を丸くして驚くのを、息を整えながら見る。

「・・・団長、は、どちらに・・・?」

「団長か? 団長なら奥にいるよ」

 同僚の言葉が言い終わらないうちに、カインは大股で団長の執務室へと向かう。

「あ、おい! カイン!」

「今、急いでるんだよ、後にしてくれ」

 焦ってるせいか、つい棘のある言い方になる。苛立たしげに振り返ると、嬉々とした表情で同僚が皆、カインを見詰めていた。

「カイン、良かったな! リズヴェル嬢、目を覚ましたんだって?」

「・・・・・・・・・は?」

「良かったじゃないか! これで一安心だな」

 にかっと笑う同僚達を呆然と見詰めて立ちつくしていると、背後から低い、重量感のある声が響いた。

「カイン。どうした? 息切れして」

「え? あ・・・団長、リズが」

「あ、カイン兄さん、やっぱりここにいたのね!」

 背の高いブラッドレーの後ろから、顔を覗かせたのは、ほんの三十分前に話していたソフィアだった。

「・・・・・・ソフィア?」

 呆然と呟くカインにソフィアは抱きついて、信じられない言葉を発した。

「カイン兄さん! 姉さんが起きたわよ!」

 その言葉を、理解するのに大分時間を費やした。ゆるゆると、その言葉が頭に浸透すると、カインはさっきまで考えていたことなど、すっかり頭から抜け落ちて、リズヴェルが目覚めた、ただそれだけが頭を占めていた。

「・・・・・・それは、本当か?」

「もう、こんなことで嘘ついてどうするのよ! 姉さんは、カイン兄さんが帰った後に目覚めたの! すぐカイン兄さんに報せようと思ったのに、兄さんてばどこに行ったのかわからなくて・・・。とりあえず警備所に行ったら、カイン兄さんもいるかもしれないし、ブラッドレー小父さんにも伝えなくちゃ行けなかったし・・・」

 後半は若干支離滅裂で何が言いたいのかよく判らなかったが、とりあえず、カインはリズヴェルの目が覚めたことだけを理解すると、同時に警備所を飛び出していた。

「ちょっと! カイン兄さん! 待ってよ!」

 後ろからソフィアの駆けてくる足音がするが、構わず駆けた。

 

 リズヴェルの家に着く頃には、カインもソフィアも息が絶え絶えになっていた。

「も、少し・・・・・・待ってくれたって・・・・・・いいじゃない」

「・・・・・・・・・・すま、ない」

 肩で息をしながら、暫く呼吸を整える。

 顔を伝う汗を袖で拭い、カインはソフィアを振り返った。

「今、開けるわ・・・ちょっと、待って・・・・・・」

 ソフィアは何度か深呼吸を繰り返すと、我が家の扉を開けた。



 三十分ほど前にも入った扉の前で、カインは深く息を吸って、吐いた。

 意を決して、扉を三回ノックすると、中から鈴の音がチリン、と鳴った。

 事前に、これが入っても良い合図だと聞かされていたので、カインは扉をおそるおそる開けた。



 扉が僅かに軋んで大きく開くと、視界に薄桃色の壁紙が広がる。

 先程と違うのは、寝台に、起きあがったリズヴェルがいる、ということ。

「・・・・・・リズヴェル」

 声が情けなく震えてしまったが、構わずカインは寝台まで近寄った。

「カイン! 来てくれたのね!」

 嬉しそうに笑むリズヴェルの表情を見て、カインは思わず、微笑んだ。

「・・・・・・当たり前じゃないか!」

「なあに? そんな顔して・・・そんな顔をさせたのは私か・・・」

 ふっと、自嘲気味に息を吐くとリズヴェルは、寝台の横にある椅子を指した。

「カイン、ここに座ったら?」

「・・・ありがとう」

 正直、少しだけ疲れていたので、言葉に甘えて、座らせて貰う。

 暫く、沈黙が続いた。会話のない部屋は、互いの息づかいと、僅かな衣擦れの音と、遠く窓の外から聞こえる街の雑踏の音しかない。



「ねえ、カイン・・・薔薇、覚えてる?」

「え? ああ・・・」

 リズヴェルが起きていることが嬉しくて、カインはずっとリズヴェルを見ていた。

 リズヴェルは、顔を窓の外に向けたまま、喋り続けた。

「薔薇・・・無くなったでしょ」

「・・・・・・そう、みたいだね」

「・・・・・・・・・綺麗な、女の人」

「うん」

 会話があちこちに飛ぶが、カインは黙って聞いていた。時々、声が掠れるので、机に置いてある水差しから、水を汲んでやりながら、カインはリズヴェルが語るがままに任せていた。

「・・・・・・あの人。不思議な人だった」

 リズヴェルは身を震わせると、一言、呟いた。

「怖かった・・・」

 顔は、眠り続けていたせいか若干血の気は無かったが、一層青白くさせて、彼女は体を抱きしめた。

「・・・・・・彼女、自分のことを、黒薔薇の魔女って読んでたわ」

「・・・黒薔薇・・・?」

 そう言ったきり、ふっつりとまるで貝のように口を閉ざすと、リズヴェルは窓の外の黄昏、茜色に染まる空を見詰めていた。

「・・・あのね、」

「うん」

「小さい頃からの・・・」

「うん」

「・・・夢だったの」

「・・・夢?」

「小さい頃からの、夢だったのよ・・・」

 ぽつり、とシーツに雫が落ちる。

 夕暮れが窓に差し込み、室内を茜色に染め上げる。陽を受け、リズヴェルの頬を濡らす雫は、赤色に光った。

 ぽつ、ぽつと落ちる雫は、とても綺麗で、カインは暫く呆けたように見詰めていた。


「・・・ごめんなさい、カイン」

「え? 」

「今日は、もう疲れたわ」

「あ、ああ。そう、だね。もう、お休み」

 リズヴェルは、頬を拭うと、静かに微笑んだ。

「ええ、お休みなさい」



 この日を最後に、彼女は二度と目覚めることはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ