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第四章 (1)

残酷な描写あり。無理な方は読まないでください。

  


 碧色の髪の毛が風を受けなびく。

 ふわりと少年にからみつく風は、少年の纏う白いコートを翻らせ、前髪に隠れた目をさらす。強い意志を秘めた目は、翡翠色。風を真正面から受け毅然と立つ少年の傍らには真っ黒な闇。寄り添うように控える青年は全身が黒づくめだ。唯一違うのは、鋭く細められた目。紅い目は、瞳孔が開かれており、口元は斜めに上がり、薄く笑みの形を為ている。

「アラノ」

「ああ、ここだな」

 ねっとりと全身を絡みつくような風が吹く。インヴェルノとアラノの前には、廃れた教会が聳え建っていた。教会は所々ひび割れており、蔦が這う。教会の周りは薔薇が縦横無尽に咲き乱れており、空が茜色から藍色にかわりかけていても、真っ赤に咲いている。まるで血のように、そして教会を俗世から切り離すかのように、薔薇が教会を囲っている。

「薄気味悪いね」

 インヴェルノの呟いた声は、熱のこもった風にさらわれてゆく。辺りは妙に静かで、それでいて、結界に閉じこめられてから感じる禍々しい魔力が教会から漏れ出ている。

「さっさと、終わらせるか」

 コートに付いた草を払い、インヴェルノが先を行く。朽ちかけた扉の側は、蔦が這っておらず、付近だけ蔦が千切られている。

「待て、俺が先に行く」

 インヴェルノが扉に手を掛けようとするのを制し、アラノが前に出る。

 扉の取っ手は鉄で出来ており、風雨に晒されてか錆びている。何度か強く引っ張ると、大きな音をたてて、扉が開く。

 インヴェルノは己の心臓が大きく脈打つのが判った。まるで、耳元に自分の心臓があるのではないかと思うくらい音は大きく、早い。緊張で汗が手のひらに滲み、知らず呼吸も荒くなる。

「イン。大丈夫か」

 アラノが後ろを見ずに、声をかける。心配そうな声音を感じ取り、インヴェルノは深く、深く、呼吸を繰り返した。

 ようやく、緊張も解け、呼吸も落ち着き、辺りを見渡す余裕が出来た。

「反吐が出そうだ」

 冷たく吐き捨てるアラノに首肯すると、インヴェルノはもう一度深く息を吸った。

 教会の中は、床の上に吐瀉物や、臓器らしきものが散逸している。そして何より濃密な、禍々しい魔力が満ち、腐敗臭やすえた匂いと混ざり合い、何とも言えない不快な惨状だ。

「そういうこと言わないでよ。俺吐きそう」

 裾で口や鼻をおさえながら、なるだけ踏まないように先を進む。

「アラノ…なるべく踏まないでよ」

「誰がこんな気持ち悪いもの踏むか」

「だって気にしなそうだったし」

「……俺をなんだと思ってるんだ全く」

 軽口を言い合ってはいるが、インヴェルノの顔は青ざめている。流石に臓器なんて中々、というより普通に生活していてお目にかかれるものではない。

 何度か吐き気がくるのを呑み込み、インヴェルノは気丈に前を見据えた。


 教会の入り口は祈りの場だったらしい。長椅子が並べられ、中央は道がある。床は元は赤だったのだろう、絨毯が布かれていて、所々に吐瀉物が散らかっていた。臓器はたたきつけでもしたのだろうか、椅子の上に半壊で乗っている。それを確認したとき、インヴェルノは冗談抜きで吐きかけた。

「おいおい…しっかりしろ、翡翠の魔術師様」

「うるっっさい」

 もう軽口を言う気力も無いのか、青ざめた顔で、必死に足を動かすインヴェルノの頭を軽く撫で、アラノは先を進む。

「あそこに、扉があるな。何処かに続いてるみたいだ」

 アラノの指す先には、半開きになった、もはや扉の機能を果たしているのか怪しい扉だ。

「よし、行こう。早く。行こう」

「………」

 少し涙目になっているインヴェルノを後ろに、アラノは本当にこのまま此所にいていいのか悩むが、インヴェルノが「早く。早く。行こう。早く」と言うので、半開きの扉に手を掛けた。




 



  ◆◆◆



「え…? リズヴェルが倒れた?」

「ああ、そうだ。カインお前何か知らないか」

 カインは、今日市長のアーベルに呼び出されていた。カインは騎士団に所属している。騎士団団長のブラッドレーに、市長から呼び出されていると伝えられたとき、何か粗相でもしたのだろうかと冷や汗がたれたが、開口一番に言われた市長の台詞を理解するのに数秒かかった。

「…知らないです」

「…かれこれ三日も倒れたから一度も目を覚まさない。お前と会って家に帰宅した後だ。皆で夕食を食べた後に、椅子から立ったと同時に倒れた」

「三日前…」

 三日前と言えば、リズヴェルが薔薇を摘んできた日だ。そう言えばあれから会ってないな、そうか倒れてたから会えなかったんだ…とぼんやりとした頭で考えていると、市長が突然机を叩いた。

「本当に、何も知らないのか」

「…はい」

 あのときのリズヴェルは、少し興奮しすぎではないかとは思ったものの、元気だった。思い返しながら強く肯くと、市長は深く頭を抱えた。

「…どの医者に診せても原因不明だと言うんだ」

「…ただの貧血では?」

 リズヴェルは昔から、少し体が弱かったので、時々貧血で倒れる事があった。といっても成人してからは一度も貧血で倒れたことは無かったので、そういうことはすっかり頭から抜け落ちていたのだが。

「…私も、妻もそう思ったのだが…」

「…医者は違うと?」

「ああ」

 室内が重苦しい沈黙に支配される。カインは頭が真っ白になり、アーベルに言われても暫く動けなかった。

「すまなかったな、カイン。…リズに会ってやってくれるか」

「……は、い」

 理解し、やっとで出した声は掠れ、声を出したことにより、体の硬直がやっとで解けた。

 こくこくと肯くと、アーベルは力無く笑った。

「隣町に名医がいるというからな・・・文を送って往診してもらおう」

「…はい、はい!」

 


 

 寝台に横たわるリズヴェルはまるで眠ってるかのようだった。

 ふっくらとした頬は、ピンク色に色づき、胸は上下し、深く呼吸をしている。

 カインは寝室を見渡す。

 彼女の、女性の寝室に入ったのは初めてだ。薄桃色を基調とした寝室は、女性らしく華やかで可愛らしい。寝台に視線を戻すと、リズヴェルは依然として眠っている。

 頬にかかった髪を払う。柔らかい栗色の髪の毛が寝台に広がる。髪の毛を梳きながら、これで、いつもと変わらず起き出したら、怒られるかなと暢気に考えていた。

 

 相変わらず髪の毛を梳いていると、寝室の扉をノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

 部屋の主は眠っているので変わりに返事をすると、ひょっこりと扉から除いたのは、リズヴェルの妹のソフィアだった。リズヴェルと同じ栗色の髪の毛に、茶色の目。姉と違うと言えば、姉のリズヴェルが真っ直ぐな癖のない髪の毛だというのに、妹のソフィアはゆるくウェーブがかっているところだ。

「どうしたんだ?ソフィア」

「えっと、カイン兄さん、今ちょっといい?」

 姉より溌剌と元気な娘で、市長も手を焼いてるともらしていたことを思い出す。二人だけで話すのは初めてだなと思うと、緊張する。しかし、相手も緊張しているみたいで、中々室内に入ろうとしない。カインは、安心させてやろうと、自然とゆるく微笑んだ。

「どうしたんだ?」

「あ、あのね、カイン兄さん」

 暫く言い淀んでいたようだが、すっとカインを見ると、怖いぐらい真剣な顔で此方を見詰めてきた。

「あのね、姉さんが三日前帰ってきた時ね。薔薇を持ってたの」

「……ああ」

 あの、禍々しい血の色をした薔薇を思いだして自然と眉を寄せる。ソフィアはそれに気づかず、言いつのる。

「あの薔薇ね。すごく気持ち悪いの。でもね、姉さんはとても綺麗だって言ってて……で夕食の後に、倒れちゃったの」

「ああ」

「それでね、部屋に運んだときにね。姉さんが確かに寝台の花瓶に飾っていたはずの薔薇がね、無くなっていたの」

「どういうことだ?」

「わかんない」

 泣きそうになるのを必死で我慢しているのか、唇を噛んで首を振るのを見る。

「ここに、飾っていたのか?」

 リズヴェルの眠る寝台の横には、白い小さな机が置いてある。机の上には、薄桃色の花瓶があり、花瓶には綺麗な初夏の気だるげな湿気を吹き飛ばすような瑞々しいひまわりが活けてある。

「うん。私、確かに見たの。でも、お父さんもお母さんも、そんなこと今は関係ないでしょって…でもお姉ちゃんが倒れたのってあの薔薇のせいだと思うの!」

「…なんで?」

「……なんとなく」

 あんな薔薇一本で何が出来るのだろうか。毒か。夕食のあとだと言うのなら毒の線はないのだろうか。いや、だったら医者が気づくはずだし、アーベルだってその可能性がないかちゃんと調べただろう。

『とっても綺麗な人だったわ・・・』

 ふいに脳裏に、あのときのリズヴェルの声がよみがえる。

「…もしかしたら」

「え? カイン兄さん?」

「何でもない!・・・僕はこれで失礼するよ。じゃあね」

 急ぎ足で立ち去るカインを呆然と見送って、ソフィアは大きく叫んだ。

「何なのよ! カイン兄さんの莫迦」

 ソフィアは横で昏々と眠り続ける姉の布団をかけ直すと、暫くの間、姉の寝顔を見詰めていた。


 


 ◆◆◆

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