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第三章(3)

「…きりがないな」

 舌打ちするアラノを尻目に、インヴェルノは詠唱を唱える。

「迷える者達に 安寧と永久の眠りを 葬香(そうか)

 次々と襲いかかる魔物達を結界で退け、詠唱で斃す。これをひたすら繰り返し続け、やっとで最後の一匹を斃し終え、一息吐く。

 詠唱を続けたせいか、喉が少し掠れたがインヴェルノは構わずに、アラノに話かける。

「アラノ、森の奥に入らないか?」

「何言ってるんだ。もう一度出直したほうがいいに決まってる」

「このまま出直して何になる?」

「騎士たちを…」

「騎士達を連れてきて何になる? まともな戦力になるとは思えない」

「…だが」

 尚渋るアラノを一瞥して、インヴェルノは静かに語り出す。

「あいつらを作ったのは力を持った術者だ」

「だからこそ」

「だからこそ、騎士達がいればやりづらい。俺とアラノだと、存分に暴れることが出来るだろう?」

 にやりと笑うインヴェルノを見て、アラノは深々と嘆息する。

「うっわ、今のでお前幸せ逃げたぞ!もっと楽しそうな顔をしろよ!」

「うるさい黙れうるさい」

「うるさいって二回言った! ひどい!! 俺にもう少し優しくしてよ!」

「十分優しいだろうが!」

「え? 優しい? 誰が? え?」

「………」

 わざとらしく周囲を見渡すインヴェルノを睨みながら、アラノはもう一度溜息を吐いた。

「…俺の後ろをついてこいよ」

「諒解!」

 


 ◆◆◆


「ね!カイン。ほら見て!」

 栗色の髪をなびかせて、彼女が駆けてくる。

「どうしたのさ。そんなに慌てて」

 白い頬を赤く染めて彼女、ふわりと満面の笑みを浮かべる。

「さっき見つけたの。綺麗でしょう?」

 そう言って彼女が差し出してきたのは、赤い薔薇だった。

「ああ…そう、だね」

 言葉に詰まったのは、その薔薇があまりにも赤すぎたから。まるで血のように真っ赤な薔薇を握って彼女は、喜色を体全体を使って表す。身振り手振りを交えて話す彼女は、興奮しているためか、早口だ。

「それでね、森の奥にとっても大きな教会があったの!」

「へえ」

 僕は彼女の気の済むまで話させてやろうと、適当に相槌を打ちつつ、広場に悠々と枝を伸ばす大樹を眺めていた。

「その教会にね、とっても綺麗なステンドグラスがあってね・・・」

「うん」

「教会の裏手を回ったら、この薔薇が咲いてたの!」

「で、採ってきたの? 素手で?」

 ちらりと彼女の、リズヴェルの手元を見るが目立った外傷はない。リズヴェルは手元にある一輪の薔薇を指先で器用にまわしながら話し続ける。

「ううん。その教会に住んでるっていう女の人がくれたのよ」

「…女の人?」

「ええ。とっても綺麗な人だったわ……」

 うっとりと呟くリズヴェルの顔は、まるで酒に酔ったかのように惚けていたのでカインには少々不気味に映った。

「へえ、よかったね」

 自分で言っておいて何がよかったんだろう、と考えてると、隣に座るリズヴェルが急に立ち上がる。

「私今日早く帰るって父さん達に言ってきたんだったわ!」

 じゃあ、また明日ねと慌ただしく駆け去るリズヴェルを見送って、カインは横に置いてあった、本を手に取る。

 涼風が頬を撫でる。耳を澄ませば、鴉の声が聞こえる。

 少しずつ茜色に染まる空を背負いながら、大樹の梢が風に揺れるのを眺めていると、急に、リズヴェルの持っていた、赤い薔薇を思いだした。

「まるで、血のように赤かったな」

 呟いた声は意外と響いて、風が強く吹いた。

 カインは身震いすると、本を横に抱えて足早に家へと帰った。


  ◆◆◆



 日が沈む。

 炎のように燃えるような色をした夕陽が、森の中へと埋もれてゆく。

「インヴェルノ、大丈夫か」

「うん。大丈夫」

 行く手を阻むかのように、草が生い茂る中をかき分ける。アラノを先頭にして、森の奥深くへと進み続けること三十分。

 鬱蒼とした森は、進めば進むほど草の背が高くなっていく。まるで、インヴェルノが森に入ることを拒むかのように立ちふさがる草は、細く鋭い。

「いたっ」

「どうした?」

「草で少し切れただけ」

 頬を触ると、手に少し血が付く。血を服で拭ってインヴェルノは立ち止まっているアラノに先を急がせる。

「日が暮れる。早く行こう」

「…ああ」

 森の奥へと近づくほどに禍々しい、重くまとわりつくような魔力が濃くなってゆく。下にいくほど赤味の深まる空は、浮かぶ雲まで赤い。

 前を行くアラノの、紅い目と視線が交わる。インヴェルノは、服の裾で頬を拭うと、大きく足を踏み出した。

修正・加筆  2011/10/12

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