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第三章(2)

  

「アーベル…」

 扉を開けると、憔悴(しょうすい)しきった妻がソファに深く腰をかけて、待っていた。アーベルは妻の隣に腰を下ろし、肩を抱き寄せた。

「容体は?」

 妻は力無く首を横に振ると、再び項垂れた。室内は、閑静(かんせい)としていて、柱時計の針を動かす音だけが響く。

「アーベル。仕事があるんでしょう。行ってきて」

「いや、大丈夫だ」

 ここ一ヶ月ほど前から続く、連続婦女殺害事件は治まるどころか、進行している。つい先程も新たな被害者が発見され、今や街は厳戒態勢で騎士団が巡回している。物々しい雰囲気に市民はもとより、市外からきた観光客も、集団で街の外へ出て行ってるようだ。

「私は大丈夫よ。家のことは任せて。……早く、捕まえてあげて」

 沈痛な面持ちで悄然と項垂れる妻を強く抱きしめると、アーベルは隣の部屋へと入室する。

 扉を開けると、視界に薄桃色の壁を背景に、白いベッドが中央に鎮座してるのが見える。白い掛け布団から顔を覗かせるのは、妻と同じ栗色の髪を下ろす娘。昏々と眠る様はあどけなく、青白いことを除けば今にもおきだしそうである。

「リズヴェル」

 眠り続ける娘の頬は、痩け、もともとほっそりとしてはいたが手は棒きれのようになっている。

「…………」

 幼い頃にしていたように、アーベルは娘の髪を気が済むまで梳くと、静かに扉を閉めた。




    ◇◇◇




「で、どうする気だ?イン」

「うんー」

 インヴェルノはアラノに目もくれず黙々と、地面に幾何学模様をすらすらと描く。時々文字のようなものも交えて描き続けるインの邪魔にならないよう脇にどけながらアラノは作業を眺める。

「これで・・・・よし」

 ようやく描き終えたものを、満足そうに眺めるインヴェルノの脇に寄り、アラノも地面に描かれたものを見る。

 そこら辺に落ちていた木の枝で、地面に掘られたのは、美しい幾何学模様。所々に交じるのは古代文字。現代使われる魔法の簡素化した文字とは違い、古代文字は一つの言葉に複数の意味を持つ。例えば、この地面に掘られた、アエローソ。この古代文字には、空気や大気といった意味の他に軽やかな、伸びやかな、開放的なという意味を持つ。

 地面に書かれた文字は、コルイ・グィダーレ・アエローソ。つまり、彼者の元へ導け、という意味になる。使われる魔法属性はアエローソという古代文字により、風で限定されている。

「こんなんで捕まるのか?」

 アラノは隣で、描いたものに不備はないか確かめているインに確認する。

「大丈夫!魔力は掴んだから」

 唇を舐めながらインは地面に少し模様を書き足していく。そのやや後ろに立ちながらアラノは、周りを見渡した。

 街から少し外れたところにある、小さな森。ひっそりとした空気に、時々爽やかな葉の匂いが交じる。静謐な空気が森を満たし、この地に宿る精霊達も穏やかで・・・。

「イン…少しおかしくないか?」

「えー?」

「…ここは、静かすぎる」

 何が、と言わずともインヴェルノにはすぐ伝わったようだ。あたりを忙しなく見渡して、唇を噛む。

「みんな、眠ってる?」

 いつもなら、声が聞こえる。何処にいても、絶対側に、精霊たちの声が聞こえるはずなのに、いまでは全く聞こえない。否、この森に入ってからぴったりと聞こえなくなったのだ。

「とりあえず、ここを出よう。この森は、何かおかしい」

 困惑しているインヴェルノの手を引き、来た道を引き返すも、けたたましい鳴き声と共に現れた障害物で立ち止まる。背中にインヴェルノの顔があたり、くぐもった声で「痛い~!」と聞こえたが無視して、アラノは目の前に現れた障害物と対峙する。

「アラノ!急に止まる…な…よ」

 眼前にある障害物は、大きな獅子のような体を持ち、鷲の頭を頂き、尾が蜥蜴のようになっている。荒い呼吸で地を蹴る爪は、軽く引っ掻かれただけで、皮膚がべろんと剥がれそうだ。

「なに? アレ」

「あんな生き物はみたことないな」

 未知の生物に対する嫌悪感か、少し及び腰になってるインヴェルノを後ろに隠しながら、アラノは魔法を手に収束させる。

「……常闇(とこやみ)

 収束させた魔力を一気に未知の生物の顔面に命中させると、のたうち回ってふらふらとした足取りで辺りを彷徨い始めた。

雷火(らいか)!」

 とどめを刺そうと思っていたら、後方から力強い声が聞こえ、目の前に閃光が空から(ほとばし)る。

「死んだか?」

 インヴェルノが横に出てきて、獅子みたいな動物を遠目で伺う。前に横倒れになった獅子は、全身真っ黒で、体から湯気がたっていた。

 辺りをつく焦げ臭い匂いに顔を顰めながら、アラノはインヴェルノの手を引いて、先を促す。

「とりあえず、この森から出るぞ」

「うーん。出れないみたい」

「は?」

「いや、さっきから探ってみてるんだけど、この森、結界はってあるっぽい」

「……ほんとだな」

 外に意識を飛ばしてみても跳ね返される。跳ね返されるどころじゃない。跳ね返され、地面にたたきつけられるぐらい強力だ。

「それに、また増えたみたいだし」

「………」

 木々の間から、此方を伺う二対の目はおよそ何十匹といる。

「すごい歓迎の仕方だねえ」

 インヴェルノは暢気に笑いながら、アラノの背中に回る。

「じゃ、俺の後ろ宜しくね、アラノ」

「…インこそ頼むぞ」

「大丈夫大丈夫」

 互いに背中合わせになりながら、森を睨み付ける。

 野太い咆吼と共に襲いかかるものを、インヴェルノとアラノは魔力を解き放った。

 

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