Ⅷ フェリス
今宵はあなた様方が一番お気になさっている方についてお語り致しましょうか。
これまでお話にあげました姫様方のお話に必ず出てくる男性についてに御座います。
そう、フェリス様こと、來様に御座います。私の語りましたお話の面妖さをあなた様方は既にお気づきで御座いましょう。
いいえ、決してこれまで申し上げましたお話に出ていらっしゃった來様はそれぞれ別人ではないのです。全てが同一人物、來様お一人に御座います。これを聞いてあなた様方は小首をお傾げになられることでしょう。
無理も御座いません。
なぜなら姫様方がお生きになられた場所、時空列はそれぞれがまるで違うからで御座います。
ある姫様は今より二千年も前に、ある姫君は千年前に、ある女王様は五百年前に、ある王女様は三百年前にお生きになられておいでで御座いました。その他にも、來様のお側にいらっしゃったお嬢様方はみなが皆、互いに会ったこともなければ、その後存在さえ知り得ないでしょう。ならば、この姫様方のそばにいたという來様とは一体何者に御座いましょう。
それを今宵、満月輝く夜空の下でお話致しましょう。
どうかお聞き逃しのないよう、お耳をお澄まし下さいませ。
先に申し上げておきますことには、來様は寿命持たぬ者であるということに御座います。來様がこの世に生を受けたのは今より気の遠くなるほど昔のことに御座いますれば、來様自身己がいつ、どの様にして誕生したのか分からないほどで御座いました。
來様はお生まれになった時から『來様』としてのお姿に御座いました。つまりは赤ん坊の姿でお生まれになったわけではないのです。來様は、お生まれになってから今までの間を様々な形で生きて参られました。ある国の王に仕える時もあれば、何百年とお一人で過ごされたり、普通の家族と旅をしたり。來様は様々なお人と触れ合って参りました。
そして、そんな來様はそのお姿を自由に変えることができたのです。と申しましても、髪の色、肌の色、瞳の色などが変わるわけでは御座いません。來様の容姿は常に同じに御座います。輝く黒髪にハシバミ色の瞳、そして肌はいわゆる黄色人種のようなお色で御座います。では何が変わるのか。お気づきでございましょう、來様は齢を自在に変えられるので御座います。
ある時は十七、八の青年に御座います。
『私はまだ若輩者に御座いますれば、ご指導ご鞭撻の程を頂きたく存じ上げます。』
またある時は二十九、三十の騎士に御座います。
『あなた様のお望みとあらば私は戦場までを単身駆けずり回りましょう。』
またある時は十二、三の遊牧少年に御座います。
『僕はずっと君のそばにいるから。』
またある時は二十七、八の官人のお姿に御座います。
『姫様、遊んでばかりいないで執務を全うなさいませ。』
またある時は二十四、五の執事に御座います。
『私はお嬢様のお父上とお母上に救われたのですよ。』
來様はそばに仕えると決めた方によってそのご容姿、立場によりそのお姿を変えておりましたが基本的には二十四、五のお姿でいられることが多かったようで御座います。またその相手により口調も変えておりました。どのように接することがその相手にとって一番良いのか、來様には不思議と組み込まれておいででした。誰かに仕える時が近づくと、それがすぐにお分かりになり、次の主人に対しての己を造り上げるのです。
そして、來様は産まれた時からお独りに御座いましたので、家族はいらっしゃいません。なので來様には名がないのです。
世を渡り歩く來様を、世間は『フェル』とお呼びになりました。
フェルとは『フェリス』のことに御座います。つまりは猫座を意味致します。誰が最初につけたかは存じ上げませんが、何年も何百年も、それ以上時が過ぎても來様は世に『フェル』と呼ばれたので御座います。このフェリスという名、世に一番最初に生を受け、いつの間にか現れ周りの者を、国を救い、ふらりと消える。気まぐれでいてみなを護る、そんな來様にぴったりの名に御座いました。
ですが不思議なことに、來様が主人と決めた者たちは、みな來様に『來』とお名付けになられたので御座います。來様に名などないので、お好きに呼ぶようにと申しつけると、必ずみながみな、來様を『來』と呼ぶのでありました。姫様でも、少女でも、奥様でも、決まり事かのように『來』とお呼びになるのです。もしかすると『來』という名こそ來様の真名かもしれません。それは來様にも分からないことで御座いました。ただ、來様は來という名をたいそうお気に召しておりましたので、その名を付けられる度、嬉しそうに微笑むので御座いました。
あなた様方はフェリスと呼ばれるお方の噂を一度でもお耳にしたことがあるはずです。その方こそ來様に御座いますれば、今もどこかで來様は旅をお続けになられていることに御座いましょう。
おや、もう夜がだいぶ更けたようです。今宵はもう遅いため、來様についてのお話はここまでに致しましょう。また機会が御座いますれば來様についてのお話をさせて頂きましょう。
さぁ、もうおやすみなさいませ。あなた様方に安らかな眠りと良き夢を。
來様の秘密。




