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猫の女王様  作者: 瑞雨
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Ⅶ マンチカン

今よりほんの数十年ほど前のお話で御座います。広大な草原を旅して回る遊牧民がいらっしゃいました。彼らはその時々で土地を移住し、山羊や羊、そして犬たちと暮らしておりました。本日はその遊牧民たちのうちの一つの家族に焦点を当ててお話致しましょう。




その御家族にはたいそうお可愛がりになられている小さな女の子がいらっしゃいました。その女の子を表す言葉を探すなら、そう、明るく元気で活発、探求心旺盛で陽気、好奇心が強く甘えん坊という感じで御座いましょうか。とにかく元気がよく、いつも跳ねるように走っておいででした。



「らーい!!こっちまでおいでーっ!!」


女の子は齢十五、六くらいの少年に手を振った。少年が走り始めると少女は笑いながら弾むように走った。


「はやく、はやくー!!」


少女はキャッキャッと叫びながら少年の手から逃げようとぴょんぴょんと飛び跳ねる。少年は少女を捕まえようと手を伸ばし足を速めた。


「らーいー!!ほらー、捕まえてみてー!」


少女はくるくると緑広がる草原をスカートを翻しながら走り回る。クスクスと笑いながら近寄る手を避けた。


「きゃはははは!!!」


少女がテントの影にかくれ、少年の姿を確認しようと顔を覗かせたその瞬間、後ろからやってきた少年が少女の服を捕らえた。


「つかまえたっ!」

「きゃー!!」


少女は嬉しそうに声をあげた。少年は少女の体を抱き上げ、あははと笑った。


「じゃぁ今度は來が逃げる番ね」

さぁ逃げて、と少女は向こうを指差した。しかし少年はトンと腰をおろすと、そのまま寝ころんでしまった。両手を頭の下に敷き、ゆっくりと流れる雲を見上げる。


「ちょっと、きゅーけい」


少年が寝転がってしまい少女は少年を見下ろしながら、えー、と不満をたらした。少年の体を揺すってみるが、立ち上がる気はないのか目を閉じて微動だにしない。そんな少年の様子に少女は腰に手を当て、んもー、と頬を膨らませる。


「仕方ないなぁー、ちょっとだけだよー?ちょっと休憩したらもっかいするんだからねっ!」

「はいはい」


少年がめんどくさそうに返事をすると、少女はつまらなさそうな顔をして少年の隣に座った。少年は真っ青な空に浮かぶ白い雲をただじっと見つめている。


「ねぇ、空になんかあるの?」

少年は空を見上げたまま口を開いた。


「雲と太陽」

「面白い?」

「まぁ、それなりに」

「ふぅん」


それきり二人は黙って空を見上げたまま口を開かなかった。雁の群れが綺麗な逆のVの字を描きながら飛んでゆく。小さな白い雲が大きな白い雲とくっついた。風がふわふわと髪を撫でる。



「ねぇ、來ってなんでうちにいるんだっけ?」


不意に少女が口を開いた。


「拾われた」


少年は何でもないかのように答える。


「來ってうちに来る前はどこにいたの?」


少女の問いに少年は暫く考える素振りを見せた。


「……遠く」


「遠く?遠くってどれくらい?隣の隣の村くらい?」


少女は見上げていた首を少年に向けた。少年はちらりと視線を少女にやると、また空を見た。


「……もっと」


少年の答えに少女は手を顎に当てて考える。


「隣の隣の隣の隣くらい?」


少女は首をコテリと傾げた。少女の自分を見つめる視線を無視し、少年はどこか遠くを見るような、そんな目をした。


「……ずーっとずーっと、草原を抜けて村を抜けて国を抜けて、海を越えて、また国を超えるよりも、もっともっとずーっと遠く」


少年は眩しそうに目を細めながらも空を見ることをやめない。


「なんで名前がないの?」

「あるよ。來って名前が」

「それはあたしが付けた名前でしょ。その前までは?」


出会った時、少年には名がなかった。何故ないのかは誰も知らない。少年は話さなかったし、誰も聞かなかった。


「必要なかったしね」

「変なのー」

「うん、そうだね」


少年と少女はぷわぷわと踊る雲を見つめる。風は涼しい空気を運び、少女の髪を持ち上げ、少年の頬を撫でる。さわさわと風の声が耳を掠めた。少女は一度目を閉じると、パッと瞼を上げパンと手を合わせた。


「きゅーけい終わりっ!さ、來始めるよ!!逃げて!」


少女は立ち上がりパンパンとスカートを払うと、少年を見下ろした。


「えー。つかれるからやだー」


気怠そうにする少年に少女は問答無用とばかりに少年の手を引っ張り体を起こさせた。少年な仕方ないなぁ、と頭をかくと、やる気なさげにゆっくりと走り出した。


「こらー!やる気だしなさーい!!」

「はいはい」


少年は走りながら左手を上げ、その走りを少しだけ速めた。少女は満足そうに頷くとやる気満々と腕まくりをした。



「さぁ行くわよー。覚悟なさーい!!」




こうして少女と來様は陽が暮れるまで追いかけっこを楽しまれたそうに御座います。來様は御歳十五に御座いますが、それまで名がなく、何故こちらにいらっしゃったのか、ただの一人も知る者はいらっしゃいませんでした。十五の歳まで名を必要としなかった來様が一体何者なのか、それを知るにはまだ早いように御座いますれば、少女と來様のお話をお終いといたしましょう。



マンチカンは明るく元気で、探究心旺盛。陽気で好奇心も強く、飼い主には甘えん坊。飼い主のことは心から信頼するので、ベタベタくっついてくるのも日常茶飯事。


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