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猫の女王様  作者: 瑞雨
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Ⅴ シャルトリュー

昔話を致しましょう。そう、あれは今より二百年ほど前のことに御座いましょうか。ある国にひとりの女王様がいらっしゃいました。女王様の御髪は少し変わってらしておいででした。黒でいて黒でない。グレーでいてグレーでない。陽にすけるとそう、ブルーに見える、そんな不思議な御髪でいらっしゃいました。瞳の色はオレンジ色で、ふっくらとした頬は独特の微笑みをもつやさしい表情をつくりだしておりました。さて、この女王様について少しばかりお話しさせて頂きたく存じますれば、しばしの間貴重なお時間を拝借させて頂きます。




色とりどりの鮮やかな花々が咲き誇るガーデン。真っ赤な薔薇のアーケード。豊かに茂る芝に白い丸テーブルと二脚のこれまた白い椅子。そしてひとりの女性とひとりの男性。ひとりは穏やかに座り、ひとりは優雅に控えている。


「御主人様、紅茶のお代わりは如何で御座いましょう」

男は丸い曲線を描くティーポットを手にすると、主人に紅茶のお代わりを促した。


「ええ、頂きますわ。有難う」


女性はふわりと微笑み空を見上げた。空は高く、青々と色付き、雲は何も知らないかのようにまっさらに白い。のどかな光景だった。


女性はカチャリとカップを置くと、その時間を楽しむかのようにただ静かにその時を過ごした。二人の間に会話はない。





「じょ、女王様!!」


ひとりの兵が息を切らしながら薔薇のアーケードをくぐって女性のもとにやって来た。静寂を失った雀はパッと空へと飛び立つ。いきなりの騒々しさに女王と呼ばれた女性は眉を潜めた。しかしあくまで女性は優雅なお茶の時間を崩さない。


「なんですか、騒々しい」


兵は女王の足元までやって来ると倒れ込むように跪いた。


「か、開戦でございます!!隣国が攻め込んで参りました……っ!!間も無く城も包囲されるでしょう……っ!!早くお逃げ下さいませ!」


女王は兵の言葉に焦ることもなく、優雅に紅茶を口にした。


「ついに来ましたか、この時が」


女王は落ち着いた声色でそう告げるとまたカップを持ち上げた。戦争が始まるというのに女王はただ紅茶を楽しむかのように優雅に座ってカップを傾けている。


「女王様、早くお逃げ下さい!もう時間がありません…っ!!」


少しも動じない女王に兵は汗を流し、逃避を促す。


「ご苦労、下がりなさい」

「で、ですが!!」

逃げるどころか己に下がれと命ずる女王に兵は反した。


「聞えませんでしたか?下がりなさい、と申したのです。これは命令です。下がりなさい」


女王は姿勢を崩さず何もないかのように静かに兵に命ずる。兵は女王の命令に逆らえず渋々その場を離れた。女王は変わらず優雅なティータイムを過ごすかのように椅子に座っている。そばに控える男はまた紅茶を注いだ。


「來、ついに始まったみたいですね」


女王は男に話しかけた。


「そうで御座いますね」


「私、環境の変化っていうものは好きじゃありませんの。他人が入ってくるのも。あと、マナーが悪いのも好ましくありませんわ」


女王はあくまで澄まし顔で口を開く。そして紅茶の香りを楽しみ、スコーンを手にした。


「相変わらず、來の作るスコーンは美味しいですね」

「お褒め頂き光栄に御座います」


男は手を胸に当て、綺麗な礼をした。



「戦争ですって、來」

「そのように御座いますね」


女王は半分に割ったスコーンにジャムをぬった。赤いジャムは庭で取れたローズのジャムである。


「戦争って私が嫌いなもの全てが揃ってますのね。変化、侵入、無作法。最悪ですわ」


「誠に御座います」


外はサクリと香ばしく、中はふんわり柔らかい。 甘酸っぱいジャムは美しい薔薇の花肉入り。女王は満足そうにスコーンを口に入れた。


「でも私、一つだけ変化と侵入を許したことがありますの」


女王はふっくらとした頬を上げ、懐かしそうに微笑んだ。


「それは、來、あなたですのよ」


   遠くで大砲の撃つ音がする。白い煙が上がり、荒らげた声が聞こえる。


「あなたと出逢った時、私はただの少女でした。どこにでもいる町娘」


   男たちは叫び、女子供は泣き喚く。


「あなたは私に來という名を下さいました」


   矢は飛び交い、剣は刺さり、大砲が落ちる。


「あなたは私を女王にとしました」


   町は煙をあげ、人々は逃げ惑う。


「あなたは私をそばにとおいて下さいました」



町は騒がしく、戦いは始まっているというのに、ここはひどく静だった。


城下では人が死ぬ音がしているのに、城の中は恐ろしいほど平和だった。



「あなたは私を女王にとし、あなたは私の中に足を踏み入れた。変化と侵入。赦されざることですわ。でもあなただから許すのです。ふふ、嬉しい誤算ですわね。」


女王は微笑むと紅茶で喉を潤した。そして、そばに控える男に、椅子を勧めた。


「さぁ、お座りなさいまし」


女王は男からティーポットを奪うと、もう一脚のカップに優雅に紅茶を注いだ。


「お砂糖はおいくつだったかしら?」


女王はシュガーポットから砂糖を一つ摘み、ポチャンとカップに沈めた。静かに砂糖を溶かし、男にカップを渡す。


城の中に敵国の兵が侵入してきた。城内は騒がしく、女官や、兵たちの叫ぶ声が聞こえる。



「來、私たち最期まで一緒かしら?」


騒がしく階段を登る足音が近づいてきた。荒々しく女王を探す声がする。


「命果てるまで、あなた様のお側に」


ガーデンへと続く扉が開いた。


「そう」


女王は目尻を下げて嬉しそうに笑った。


『女王がいたぞー!!捕らえろーっ!!!』



女王は最後の一口を飲み干し、ゆっくりと青い空を見上げた。




「ああ、ほんと、いいおてんき」





このお二人がどうなられたのかは分かりません。お捕まりになられたのか、逃げおおせたのか。ただ一つ言えることは、來様はお亡くなりにはなっていないと言うことに御座います。これは今までで一番不思議なお話であったかも知れませんね。


さあ、これにてこのお話は終わりに御座います。このお話の続きは、皆様のお好きなようにお考え下さいませ。皆様のお考えになられた続きが、このお話結末に御座います。どうぞ、皆々様の御自由に。




シャルトリューはフランス生まれ。頬はたっぷり丸々としておりブルーの豪華な被毛。とても風格がある。観察力が鋭く、知的で、愛情深い。

環境の変化に弱い。

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