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猫の女王様  作者: 瑞雨
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Ⅳ ジャパニーズ・ボブ・テイル

昔々よりももっと昔のお話に御座います。世には珍しく四季をもつ国の姫君のお話です。木造で出来た大きなお屋敷に、四季折々の植物を植えたお庭にひとりの少女が佇んでおりました。墨を垂らしたかのように真っ黒で、たっぷりとした足元まである柔らかい髪を紅い紐を使い腰元でやんわりと結わえていました。何重にも重ねた色鮮やかなお召し物は袖は長く、裾も引きずるように長いのであります。とても優しく穏やかに花々を見つめる瞳は吸い込まれそうなほど深い黒に御座いました。太陽に輝く姫君の髪は、姫君が顔を傾げる度にさらりと流れるので御座います。暇つぶしのお話として、こちらの姫君のお話をひとつお教え致しましょう。




高いぽっくりを履いた姫君は召し物を両手を使い前で重ね、庭へと出た。柔らかく照らす陽を姫は嬉しそうに見上げた。


「姫様、こちらにおいでで御座いましたか」


「あら、來。どうかして?」


姫は男の声に振り返った。二人の表情は真裏である。一方は楽しそうに微笑み、一方は呆れたように肩を竦めている。


「どうかして、ではありません。室にお戻り下さいませ」


男はため息を吐きながら姫を見た。


「あら、どうして?空はこんなにも晴れているのです。せっかくのお天気に室に籠もっていてはかびが生えてしまいます」


姫は手を口に当てクスクスと笑った。男は眉をひそめると腰に手をやった。


「姫様がかびが生えるほど室にいらっしゃれば私は安心して執務を果たせるのですがね」


男の言葉に姫はうふふ、と笑う。


「來にはもうかびが生えてるみたい」


そうですね、男は深いため息を吐き出し、首をゆるりと振った。


「さぁ、中へお戻り下さい」


男は指をさし、中へと促した。姫はくるりと背を向けると、しゃがみこんだ。足下には今朝方咲いた名も知らぬ花が太陽に向かって顔を伸ばしている。


「あら、ダメよ。約束があるもの」


楽しそうな声色で花に触れる姫に男は眉を上げ、姫へと近づいた。


「また城下の子ども達ですか」


姫はうふふと笑った。男は姫の隣へとしゃがみ込むと、姫と同じ様に力強く咲く花へと目を向け、指をやった。


「一体何時の間にお約束なさったのです」

「さぁ?」

姫様、男がギロリと睨みつけると姫はおぉ、こわい、と肩をすくめた。


「昨日です」


姫の言葉に男は更に眉をつり上げ、花を愛でる指を止めた。


「いつのまに……、」

「そうねぇ…、來がお客様のお相手をしてる時だったかしら……?」


ふふ、と笑う姫に男はチッと舌打ちし、己の失態に頭を抱えたい気分だった。


「お一人で城下に降るのはおやめ下さいとあれほど申しましたでしょう。何かあってからでは遅いのですよ」


口が酸っぱくなるほど何度も注意しているのにこの姫ときたら全く聞いていない。今も男の言葉にほんの一時も耳を貸していない。男は姫の花を愛でる手を掴んだ。


「姫様、聞いておられますか」


手を掴まれ、姫は男の顔を見上げた。


「あら、來こわいかお」

「姫様!!」


男は声を荒らげた。そんな男の様子に姫はまぁ、と口に手をやった。


「聞いていますよ。でもこう、右から左へとすーっとですね、」


姫は指で耳を指差した。おどけた様子の姫に男はハァ、っと息をついた。


「それは聞いていないと言うのです」

「冗談です」

「ひめさま!!」


男は怒りからなのか嘆きからなのか震える右手を左手で抑え込んだ。


「世を知ることは大事な私の勤めです。そなたもそう目くじらをたてず、多少のことは目を瞑りなさい」


姫はすくっと立ち上がると空を見上げた。


「世間はこんなにも広いのです。世から見ればこの屋敷などなんてちっぽけなものでしょう。來、あなたも外に目をお向けなさい


姫は黒曜石のような瞳で男を見た。男はゆるりと首を振った。


「姫様…、私は姫様より世間を知っているつもりです。あちこちを旅して回っていたのですから」

「えぇ、知っております」


姫は小さな花のように微笑んだ。


「あなたが私のために言って下さっているのは分かっていますよ、來。感謝しております」


姫は豊かな髪をさらりと揺らし、深く礼をした。男はふぅ、っと息を吐くと困ったように笑った。


「まったく、姫様には適いませんね」


姫はふふ、と笑い空を飛ぶ雀を見上げた。


「仕方ありませんね。一刻です。それ以上は譲歩致しませんよ」


男の言葉に姫はぱぁっと顔を輝かせた。


「では…、」


己に詰め寄る姫に男は苦笑した。雀はもういない。


「ええ、どうぞ子ども達と存分にお遊びなさいませ」

「まぁ…!!來、有り難う!!」

「一刻だけですからね。それを過ぎればもう二度と外へは出しません」

「えぇ、分かってるわ」


男は姫に手を差し出し転ばないように誘導した。


「さぁ、動きやすいお召し物に着替えましょう。」


男は姫の歩調に合わせゆっくりと歩く。


「そうだわ、來も一緒に行きましょう」


姫は楽しそうに男の手を掴んだ。男は困ったように、また嬉しそうに微笑んだ。


「仰せのままに」



こうして姫君と來様は陽が暮れる頃、泥だらけになって帰ってきたので御座います。お姿は酷い物に御座いましたが、お二人御顔は真っ赤に輝く雄大な夕日にも負けないほど輝いておいででした。姫君は年頃にも関わらず、幼き子どもたちとお遊びなることがたいそうお好きだったため來様はこの子供のような姫君から御目を離せないのでした。




さて、これで姫君のお話を終了させて頂きます。ほんのお暇つぶしになりましたでしょうか。あなた様がご満足頂けたならばこれ幸いに御座いまする。



ジャパニーズボブテイルは日本生れ。とても優ししく穏やかな性格。環境の変化に強く、どんな場所でもちゃんと馴染む。遊ぶのも大好きで、子どもともすぐに仲良くなる。

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