Ⅱ ヒマラヤン
昔々のお話です。ある国にひとりの王女様がいらっしゃいました。砂糖菓子のように甘く、ふわふわと揺れる黄金に輝く髪と、くるりとしたまん丸な蒼い瞳、陽に焼けることなど知らない白い肌。小さな桜色の爪のついた手足は少し力を入れるだけで簡単に手折れてしまいそうなほどか弱いものでした。王女はいつもリボンやレースのたっぷりとついたドレスと、ヒールの高い靴をお召しでございました。この日のお召し物は瞳と同じトルコ石色で、胸元と腰元に大きなリボン、腕元はパフ形、黄金の髪に結ばれたリボンはドレスと同じくトルコ石色の生地に金色の刺繍の入ったものでございました。
そのご容姿とくれば、それはもうたいそう可愛らしく、お人形のように愛でたくなるようなものに御座いました。このように見目可愛らしい王女様で御座いますが、一癖も二癖もあるお方だったので御座います。今宵はこの王女様についてお話させて頂きたく存じます。どうかしばしの間お耳をお貸し下さいませ。
王女はふわりとドレスを翻して背の長い椅子に座った。お人形のように小さな顔はつまらなそうに歪んでいる。
「あ~あ、退屈。ほーんと退屈だわ」
何か面白いことないのー?
王女は口を尖らせ、足をばたつかせた。
「ねぇ、そこのあんた、何か面白いことないのー?」
声をかけられた兵はびくりと体を揺らし体を強ばらせた。
「は、い、いえ、私で御座いますか……?」
兵は脂汗を流し槍を持つ手を震わせた。
「そう、あんた。で?何かないわけ?」
王女の声に室にいる兵たちはみな緊張した眼差しを伏せ、汗を流した。
「は、はい、城下では近頃剣舞を見せる、見せ小屋なるものが流行っているそうでございます」
震える声で答えれば、王女は小さな白い人差し指と中指を口元に当て何かを考える素振りを見せた。
「ふぅん?剣舞、ねぇ……」
剣舞、と口にした王女は面白いものを見つけたかのように目を細めた。
「そうだわ…!奴隷を真剣で闘わせるってのはどう?」
王女はにっこりと桜色の唇を上げた。
「あぁ、でも奴隷同士じゃ面白くないわね。そうねぇ、雌獅子と闘わせるのはどうかしら?出産前で気の荒くなっている雌獅子と」
王女は無邪気な笑みを浮かべた見た目と裏腹に可愛らしい唇から残虐な言葉を繰り出した。側に控える大臣は大粒の汗を流しながら頭を下げた。
「せ、僭越ながら述べさせて頂きます…。奴隷を獅子と闘わせたとなると、隣国からの反感を買います。奴隷たちは隣国のものなれば、その待遇を耳にしたとなると怒りを買います」
王女はそれを聞き頬を膨らませた。
「つまんなーい」
王女は頬にかかった髪を払いのけた。大臣はその王女の何気ない仕草にさえびくりと体を揺らした。
「でもまぁ、いいわ。奴隷なんて穢らしいものこのあたしが目にする価値もないものね」
王女が興味を無くしたのを察するとみなほっと息をついた。
王女は童女のように害のない見目からはまるで想像もつかないような残虐な性格をもっていました。にっこりと笑みを浮かべる時は何かを考えてついた時なので城の者たちは背筋を凍らせる思いをするのでした。にっこりと可愛らしく笑い、その小さな口から想像もつかないような残酷で怖ろしい言葉を声にするのです。子供のような言葉使いと、フリルたっぷりのドレスを翻し小首を傾げる可愛らしい仕草は全て王女の計算のうちでありました。王女はたいそう頭のキレる方で、このような行動をとることで、この国など相手にする必要もない、いずれ滅びる国であろう、と思わせるのです。そしてそれは国ばかりでなく城に住む者たちにも『頭の弱い王女』を演じているのでした。
王女はこの国をたいそう愛していたのです。しかしこの国は決して豊かではなく、力も弱い。戦争を起こせばたちまち滅してしまう。国を守るためには攻め込まれないための何かが必要だったのです。なので王女は頭の弱い者を演じることにより、相手にするだけ無駄だと思わせているのです。
しかし、王女の残悪で我が儘放題の言葉は兵を、民を震わせ、暴動が起きるのも時間の問題でした。
王女は己の言葉に麻痺し、心酔していました。初めこそ国を守るための苦肉の策でしたが、演じているうちに自ら残虐性を求めるようになってしまったのです。
「あ~あ、たいくつー」
王女は髪を一房指に巻きつけて怠そうにクルクルと動かした。
「…あ、今年は豊作だったのよねー?だったら税率六十%にあげちゃおっかー」
王女の言葉に大臣は顔を上げ口を開けたまま比でない汗を流した。
「お、王女様、それでは民からの暴動を否めません……!!」
王女はぎろりと大臣に目をやった。まさに蛇に睨まれた蛙のように大臣は浅い呼吸を繰り返し、己の死を覚悟した。
「なぁに?あたしに意見するわけ?このあ・た・しに」
「い、いえ、とんでもございません!!で、ですが、それでは民は明日食べていくことさえ困難になります……っ!!」
「あら、世には『パンがなければお菓子を食べればいい』って言葉があるじゃない」
王女は愉快そうに口を上げた。
「ふふ、あれってほーんと、素敵な言葉よねー」
王女が冷たい視線を大臣に向けたままうっとりと笑っていると、それまで静かに王女の隣に控えていた男がゆっくりと口を開いた。
「王女様」
「なぁに?」
男が口を開いた瞬間王女の空気はがらりと、柔らかいものへと変わった。
「王女様、税率はすでに四十五%をとっております。それでも民からすれば大変な苦労にございます。六十%もとらなくても十分贅沢はできています。わざわざ民からの反感を買う必要はございません」
男はにっこりと王女に微笑んだ。
「私は王女様がお嫌われになるのを見たくは御座いません。王女様のそのような姿を拝見した暁には私は心の病で死んでしまうでしょう」
王女は頬を桜色に染め嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ・・・!!來がそう言うのなら止めるわ!あたし、來に嫌われたくないもの。來を失うのも嫌だわ」
男は満足そうに微笑むと手を胸に当て頭を下げた。
「有り難き御言葉、恐悦至極に存じ上げます」
王女は男を見つめたままにっこりと笑い、その残虐な心を奥底に秘めたのでした。
王女様は來様をたいそう慕っておりました。王女様には誰も意見することは出来ませんでしたが、來様の御言葉には素直に御耳をお貸しになるのです。こうして王女様の我が儘は徐々に少なくなり、本来の素直な王女様にお戻りになってゆくのですが、やはりたまに残虐な心が表に出ることも御座います。その時は來様が御たしなめになられるのでした。來様のご存在は民にとって、兵にとって、国にとって決してなくてはならぬもので御座いました。みながみな、來様を崇め奉りましたが、しかし、來様がどこからいらっしゃったのか、何者なのか、御幾つでいらっしゃるのか、誰一人として知るものは御座いませんでした。そう、王女様でさえも。
さぁ今宵はもう遅くに御座いますれば、この王女様のお話はこの辺でお終いと致しましょう。どうか良い夢を御覧下さいませ。
ヒマラヤンはシャムとペルシャを掛け合わせた愛猫家にとっては夢のような猫とされている。
まん丸と大きなブルーの目、白くふわふわとした体。
人懐っこくて、おっとりのんびりマイペース。




