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猫の女王様  作者: 瑞雨
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Ⅸ マヤ


これまで幾つものお話を私はあなた様方に話して参りました。

それをあなた様方は何の疑問も抱かずにお聞き下さいました。


今より千年も昔にお生きになられた姫君、ほんの数十年前にお生きになられた少女。私の知る來様の旅の先々で出逢った人々の半生を私は語って参りました。



さて、私の語るお話をどこか別の場所でお聞きになられたことがある方がこちらにいらっしゃいますでしょうか。


いえ、此処だけにとどまらず、この世界中のどこを捜してもいないでしょう。フェリス様のご存在を知る者こそいれぞ、來様とお過ごしになられた姫様方のご存在こそ知れぞ、私ほど詳しく知る者はいないでしょう。



いつでも物語の片鱗を知ることは可能に御座います。


しかしすべてを知ることは出来ません。口話というものは人から人へとただ己の記憶のみで伝わるもの。時としてそれは大きく湾曲して伝わるものです。必ずどこかで変化し、本来の正しい事実を知る者はいなくなります。


しかし私の語るものは間違い無く真実、ただ一つでしかないので御座います。


ではなぜ、何千年も昔のことを私ただ一人が知っているのでしょうか。なぜ來様のお話を私が語ることができたのでしょうか。


お答えいたしましょう。



真実を申しますれば、私こそが紛れもなく來様が仕えって下さった者だったのに御座います。


そう、私こそが女王であり王女であり姫であり少女だったので御座います。

嘘だとお思いで御座いましょうか。しかしこれこそがたった一つの真実に御座います。



私は何度も生き、そして何度も死にました。あらゆる場所で生を受け、あらゆる時代にて名を頂戴致しました。時に女王として人を魅了し、時に王女として地を支配し、時に姫として国を想い、時にただの少女として野を駆け回りました。私が生を受けると、來様は必ず私のもとに来て下さいました。時に私がひどく冷酷であっても、時に私がひどく臆病者であっても來様は変わらず私を愛して下さいました。



私が私であることを知るのはその命が終わるときで御座いました。命の灯火が消えるとき、私は自分が女王だったことや、姫であったことを思い出すのです。そして二十四、五の姿のまま何十年も見目形の変わらない來様を見て、そのお方が來であることを理解するのです。


なぜ自分が來様に『來』という名を与えたのかを思い出すのです。


私は本当の始まりの時、つまり初めての出逢いの時に、來様に來という名を与えたのに御座います。來様はその名をたいそうお喜びなさって下さいました。そして、初めての別れの時私達は一つの約束をしました。



『もしまた出逢ったとき、私はあなたにまた來という名を与えましょう』



私達が再会するとき、私はいつも來様を覚えてはいませんでした。しかし私の魂は來様を覚えていたのです。だから私は何度生まれ変わっても來様に來という名を与えたのです。そして、死を覚悟した時、私は女王でも王女でも姫でもなく、初めて來様に來という名を与えたひとりの女に戻るので御座いました。



『ああ、來。また私の側にいてくれたのね。ありがとう。ありがと、來』

『次また君が生まれ変わっても、僕は君を見つけて見せるさ。僕の一番大切な君を』

『ああ、來。らい、愛していたわ』

『私もあなた様をこの世で一番お慕い申し上げております』



私はいつも來様の温かい腕の中で眠りにつきました。何も覚えていない私を來様は決して咎めは致しませんでした。それが私には辛く、苦しかった。


私がこの世にいないときは來様はお一人で世を見て参られました。そして、私が來様を必要とした時、來様は私の前にそのお姿を現しになられたので御座います。私にとって來様は私自身なので御座います。來様がいらっしゃるからこそ、私は何度もこの世に生まれ変わるのです。



私は、己が私だと認識するのは命が消えるときと先ほど申しました。ではなぜ私は今、己が來様の仕える『私』だと認識しているので御座いましょう。


いえいえ、私はまだ死ぬときでは御座いません。今度の私は私が私であるということを産まれた時から知っておりました。産まれた時から私は女王で王女で姫でただの少女だったので御座います。今までの私には何らかの役割が御座いました。きっと、皆様に今までの私たちの物語を語ることが今生きる私の役目なので御座いましょう。



え、來様に御座いますか?

ええ、勿論今も私のそばにいて下さっています。私がこうしてあなた様方にお話をする間、今この瞬間さえも隣にいて下さっているこの男性こそが來様、本人に御座います。



今度の私の役目を終え、命の終わりを迎え、また産まれた時、私は己が女王だったことも姫だったことも、『私』であることも覚えてはいないでしょう。しかし來様は必ず私のそばにいて下さっていると信じております。そして、また『私』として皆様方にこうしてお話しする役目を与えられた時は、私は私として生まれてくるでしょう。



さぁ、このお話をあなた様方が信ずるも信じないも各人の御自由に御座いますれば、私の物語の終焉を迎えさせて頂きたく存じ上げまする。皆様方、また逢うときが御座いまするその時には、何卒お耳をお貸し下さいませ。その時にはまた新たな物語が加わっていることに御座いましょう。


これにて死なき者フェリス様と死ありき者マヤこと私の物語とさせて頂きまする。






『私』の秘密。

マヤ=琉球語で猫。

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