第5話 楽しいお買い物
「はい、できた!今日中に食べるんだよ!」
「ネレイさんありがとう!」
女将のネレイが蝋引き紙で包んだパンを渡してくれる。なかなか減らない魚に四苦八苦していた二人を見かねて、残りをパンに挟んで持たせてくれたのだ。
お代を払って店を出る。沢山食べた割には思ったよりも高くなかった。港町なので魚は安いのだそうだ。その代わりあまり牧畜は盛んではなく、肉や毛織物は高めになってしまうという。
「今日の夕ごはん確保できちゃったね」
「そもそも食べすぎてお腹空かないかも」
ちょうど昼時を迎え、一仕事終えた人々で往来が賑わう中をのんびりと歩く。朝が早かった上に満腹で少々眠い。だが今日中に回りたい店があと三軒ほどあるのだ。
ほど近い場所にあった雑貨屋の前で足を止める。店の名前を記した看板のようなものは特に見当たらず、店の前には植木鉢や割れた皿、木箱などが雑多に置かれている。言われなくては店だとは気付かないだろう。
商工会であれこれと聞き出したところ、以前いたという魔道具屋の店主がこの店で良く買い物をしていたという話を聞いたのだ。マギ粉など魔法に使う素材を扱っているかもしれないと思いここまで来たが、正直入るのがためらわれる見た目である。
「ここだよね……」
「うん、ネレイさんにも確認したし間違いないと思う……」
意を決して扉を開ける。中も外見から想像した通り、非常にごちゃごちゃと雑多に物が積まれていた。服の端を引っ掛けないように気をつけながら奥へと向かうが、誰もいない。
「ごめんくださーい! どなたかいらっしゃいませんかー?」
「うるさいねぇ、飯食ってる時に来るんじゃないよ」
勇気のあるエリアが声をかけると、奥の扉からしゃがれた声と共に腰の曲がった老婆が顔を出した。
「おや、あんたら噂の魔法師様だろ。こんなところに何の用だい」
「噂?」
「ヒヒ、この前町長が騒いどったのよ。とうとうこの町にも若い魔法師様が来るってね。あんたらのことなんだろ?」
いつの間にか噂になっていたらしい。さすがに約束もなく突然町長を訪問するのは失礼かと思い、挨拶はいずれ折を見てと思っていたが、早めに訪問した方がいいだろうか。
それについてはいずれ考えるとして、用件を単刀直入に切り出す。
「こちらでマギ粉は取り扱っていらっしゃるでしょうか」
「マギ粉?ああ、あんたらもやっぱりアレがいるんか」
最近買うやつがいなくてねぇ、と言って奥へ入っていき数分、麻袋を二つ抱えて戻ってきた。
「二年くらい前のもんだ。古くなっちまったからね。まけといてやるよ」
袋を開けて覗き込んでみると、真っ白なはずのマギ粉が少々黄色く変色していた。こうなってしまうと使い道に困るが、今後の付き合いを考えると買っておいた方がいいだろう。
「買います。定期的に購入したいのですが可能でしょうか」
「どのくらい欲しいんだい」
「とりあえず十袋ほど」
「そんなに使うのかい。ちゃんと買ってくれるんなら仕入れといてやるよ」
「白いやつにしてね、おばあちゃん!」
仕入れた時は白かったんだよ、と叩かれているエリアを横目に、エルノーは懐からメモ書きを取り出して老婆に差し出した。
「なんだい」
「できればこれも仕入れてほしいんですが」
マギ粉ほどではないが使用頻度の高い素材を書き出しておいたのだ。マギ粉の仕入れルートがあるのであればおそらく手に入れることができるだろう。
リストを見た老婆はニヤリと笑った。
「これも十袋かい?」
「いえ、一袋で。あとは必要になった時に注文したいのですが」
「なんだい、一儲けできると思ったのに」
残念だね、と言いながらも機嫌が良さそうな老婆に、エリアがその辺に積んである商品についてあれこれ質問していく。せっかくだから何か買おうというのだ。エルノーとしてはあまり食指が動かないが、エリアは宝探しのようで楽しいらしい。結局やたらカラフルな布を数枚と、花の形の小皿を買った。
「あんたたち、名前はなんていうんだい」
「エリアでーす!」
「エルノーです」
「あたしはローズだよ。息子が近くの町を回って商売をしてるんだ。さっきのも仕入れてくるように言っとくから、そのうちまた来な」
「よろしくお願いします」
「おばあちゃん、またねぇ!」
一度車へ戻って荷物を置き、鍛冶屋を目指す。家で使うナイフや鍋を買うという目的もあるが、魔道具の外側を作ってもらえないか交渉したいのだ。
エリアは魔導回路を組むのは得意だが、金属加工が出来ない。その設備もないため職人に委託をしたいのだが、魔道具に改造されるのを嫌がる者もいるために慎重に交渉する必要があった。
『ミスリル刃物店』の前に立つ。刃物とついてはいるが、様々な金属製品を作っているという情報は得ている。その看板の隣に『ガラス工房』と書かれた色ガラスの看板も下がっていた。
中に入ると農具や鍋などに混じってカラフルなガラス細工も陳列されている。オイルランプが置かれている棚には、シンプルな透明ガラスのほか、色ガラスが使われているものも多くあった。形も様々で、花を模ったものからキノコのようなもの、何をイメージしているのか全くわからないものまであり、見ているだけで楽しい。
「この青いのウニョウニョしててかわいいね。あたしの部屋用に買っていい?」
「おう嬢ちゃん、お目が高ぇじゃねぇか!それは俺がデザインして息子が作ったもんだ!」
奥から現れた筋骨隆々の店主が、なかなかオシャレだろ、と笑った。王都のガラス工房で修行していた息子が最近帰ってきたため、一緒に店をやっているのだという。
「おじさんセンスいいねぇ!」
「そうだろそうだろ。せがれは変だって言うんだが、魔法師様が認めてくれたんだ。これは変じゃねえ!」
「うん、見たことなくて面白いと思うよー!」
それは変ということではないだろうか、とエルノーは思ったが、エリアと店主が楽しそうなので口を挟むことはしない。
「ところで嬢ちゃんたち、何しに来たんだ? 偵察か?」
「へっ!? 違うよ! おじさんと息子さんの作品が素敵だから、一緒にお仕事できないかなーと思っただけ!」
「魔法師様ならこのくらい作れるんじゃねぇのか?」
「ううん、あたしは魔導回路は組めるけど、道具そのものは作れないの。だから引き受けてくれる人を探してるんだけど……」
「へえ、そういう魔法師もいるんだな」
何でも、前にいたという魔道具師は金属も木も全て自分で加工していたという。そういう者もいないではないが、随分と秘密主義だという印象だ。
「そういうわけなので! おじさんの腕とセンスを見込んでお願い! 一緒にお仕事してください!」
「おう、いいぞ! 詳しい仕様を持ってきたら作ってやる!」
「話が早い! 助かる!」
「これからの時代新しいことに挑戦しなきゃあ生きていけねぇからな! ちゃんと面白ぇ仕事持ってこいよ嬢ちゃん!」
「頑張るよー!」
「ところでこのランプも改造すんのか? どうやるんだ?」
「オイル入れるとこに魔導回路を刻んだ金属板と魔石を入れるつもりだけど。このくらいの大きさの薄い金属板あったらちょうだい」
「そりゃあいいけどよ。かなりスペースが余るんじゃねぇか」
「既存のものを改造するならしょうがないよ。ほんとはこういう形にしたいんだけど」
「魔石は上に入れたっていいわけだろ? こういう風にも出来るんじゃねぇか? こういう、こういうのだって出来ちまうんじゃねえか!?」
「おじさん凄いこと考えるね!? それなら細長い金属板に回路刻んで、らせん状に巻けばどうにか」
とんとん拍子に話が進んだと思ったら完全に二人の世界に入ってしまい、口を挟む隙がなくなったエルノーは何とは無しにガラス細工を眺めた。息子が作ったと思われる動物や花をモチーフとした置物は、特徴を捉えながらもどこか愛らしい。特にロロネル羊のペーパーウエイトはまるで顔がついた毛玉のようでとても可愛いかった。
「お気に召すものはありましたか、魔法師様」
突然声を掛けられ振り向くと、店主によく似た筋肉質の青年がニコニコと立っていた。




