第3話 隊商の市
翌朝、二人は宣言通り早起きして家を出た。魔導車にはしっかりと荷車を繋ぎ、お金も多めに持ってきている。
町の中心部にある広場に近づくにつれ、賑やかな喧騒と楽器の音が聞こえてきた。まるで祭りのようだ。娯楽の少ないこの町では、数年ぶりの隊商の訪問は祭り以上の一大イベントなのだ。
広場には沢山のテントが立ち並び、様々な商品がところ狭しと並べられていた。見物人でごった返す中でも商人たちの声はよく通り、軽快な話術に皆足を止めている。
特に人だかりが出来ている一角に足を向けると、そこでは楽師たちが変わった楽器を奏で、踊り子が異国の舞を踊っていた。
「わー、凄いねぇ。踊り子さんもいるんだ」
「客引きのためかな。確かに見に来たくなるかも」
「それでついでにあれこれ買っちゃうんでしょ? 上手いねぇ!」
曲が終わり、先程までの明るい雰囲気とはうってかわって怪しげなメロディーが奏でられる。踊り子の女性の妖艶な舞に合わせて薄布の衣装がふわりとひらめき、ビーズの装飾がシャラシャラと音を立てた。
「綺麗だなぁ……」
王宮や大劇場で見たことがある舞台と比べると明らかに楽器の数が少なく、舞もどこか庶民的ではある。だがすぐ目の前で行われるパフォーマンスには独特の迫力があり、二人はすっかり見入ってしまった。
「エリアもああいうの着てみたら? そこで売ってるみたいだよ」
エルノーが指さす先には、踊り子が着ているような煌びやかななステージ衣装やアクセサリーが陳列されているようだった。
「ちょっと欲しい……いや、でもよく考えたら着る機会無いよね!? やめとく!」
「仕事の時に着ればいいじゃないか」
実を言うと魔法師が派手な衣装を着ているというのは珍しいことではない。競争の激しい都市部では見た目で目立とうとするのは常套手段だ。特に駆け出しの若い魔法師はあの手この手でファンを獲得するのに必死なのだ。
「あたしが着るならエルノーにもキラキラなやつ着せるからね」
「やめよう」
即座に否定したエルノーをバシバシと叩きながら、エリアはテントの商品を見て回ることにした。
キラキラした衣装の隣には、幾分派手さが抑えられ一応普段着として着ることもできそうな衣装や、小ぶりのアクセサリーが並べられていた。
「このくらいなら邪魔にはならないしいいかも。あ、杖の飾りにしてもかわいいんじゃない?」
空石とウッドビーズのブレスレットを手に取り眺めていたエリアに、すかさず商人の女性が話しかけてくる。
「まぁ、魔法師様でいらっしゃいますか! さすがお目が高いですわ! そちらの空石は古くから旅のお守りとして愛されている石でして、バルハディア都市同盟のセルディヤ鉱山から採れた上質なものを使用しております。杖飾りとしてご利用になられるのであれば少々加工して金具や紐をつけることも可能でございますので、ぜひゆっくりとご覧くださいませ」
「はーい、もうちょっと見てみます!」
女性の勢いに少々押されながらも、いくつかの商品を手に取って見比べていく。
「杖を手首にひっかけられるようになったら便利だなーって思ってたんだよね。エルノーは今適当な紐通してるでしょ? 全くオシャレじゃないけど使いやすそうだったから」
「振り回しても吹っ飛んでいかない安心感はあるね」
「だからエルノーももっとオシャレなやつに変えよ! あたしが選んであげるよ!」
「エリアに任せるのは怖いな。自分で落ち着いたやつ選ぶよ」
不満そうにブーブー言っているエリアをよそに、エルノーは一粒の空石と深緑の紐を編んで作られたブレスレットを手に取った。派手さはないが杖に良く馴染むデザインで、複雑に編み込まれた紐が美しい模様を描いている。エリアも空石が一粒だけあしらわれ、小ぶりのウッドビーズと透明ガラスビーズを生成りの紐で編み込んだものを選んだ。
「さっき色々言ってた割には大人しめのデザインじゃないか? もっとキラキラにしたらいいのに」
「このくらいが杖には合うからいいの! お姉さん、これ杖につけられるようにしてください!」
加工をお願いすると少し時間がかかるというので、待つ間に屋台の軽食を食べることにした。魔導車の荷車の一つが調理専用になっているそうで、異国の料理が食べられるというのもこの隊商の人気の所以だろう。
品数は多くはなく、定番だというラップサンドを二つ頼む。油紙に包んでもらったものを受け取り、人ごみを避けて広場を離れ、低い塀の上に腰掛けた。
包みを開けると焼いた肉の香ばしい香りがふわりと広がった。レストの町ではあまり肉を食べる機会がないため、久しぶりの肉に否応なく気分が高まる。ラップサンドは小麦粉でできた生地を薄く焼き広げ、具を包んで巻いたものである。よい香りの筆頭である羊肉のほか、香草の酢漬けや潰した芋、味をつけて炊いた米まで入っている。スパイスのきいたソースは、このあたりではまず遭遇しないような味付けだ。
軽食にしてはボリュームのあるラップサンドを必死に頬張っていると、ふと幼い子どもの声が聞こえた。次の瞬間、塀に座ってぷらぷらさせていたエリアの脚に小さな子が抱き着いてきたのだった。




