第4話 港町のお魚料理
そろそろお暇しようかという時に、これまで置物のように黙って座っていたエリアが急にニコニコと話しだした。
「このあたりのごはん屋さんを教えてください!」
難しい話は終わりだとでもいうようなエリアの発言に、会議室の空気が緩む。会長はおしゃべりが好きな性格のようで、しまいには他の職員たちも呼んできて寄ってたかって町のことを教えてくれた。さらに好意で魔導車を商工会の裏に停めさせてもらう。店をあれこれ巡るには少々邪魔だったので非常にありがたい話である。
エリアは人の懐に入り込むのが上手い。そういう役割分担であるとはいえ、少し羨ましいと思わないでもないエルノーであった。
「何食べよっか。港町なんだし、やっぱりお魚かな! この前不動産屋さんにおすすめしてもらったお店、美味しかったんだけど夕方からなんだよねぇ。こっちのお店にしてみる?」
教えてもらった店のメモを見ながら石畳の道を歩く。
「エリアってそんなに食いしん坊だったっけ」
「せっかくだから人生楽しもうと思って。エルノーも仕事以外の楽しみ見つけた方がいいよ」
昔は食事といえば出されたものを食べるだけで、栄養を取るためのものという認識だったエリアだが、自分で選べるようになってからは味の違いというものを楽しむようになった。
会話のきっかけになるという打算もないではないが、せっかく知らない土地に来たのだから知らないものを食べてみたい。魔法師というものは基本的に好奇心が旺盛な生き物なのだ。
エルノーはここ数年ですっかり食が細くなってしまった。19歳の男性であるというのに、小動物のエサほどしか食べないのだ。旅暮らしでは料理をする余裕など全く無かったが、今は家があるのだから食べやすくて体に良い料理の研究をしてみるのも面白いかもしれない。何なら一緒に作ろう、ご近所の奥様に家庭料理を教えてもらおうかな、などと目論むエリアであった。
港へ向かって少々歩き、食堂『カモメのくちばし亭』へと入る。まだ昼飯には早い時間のため、他に客はいなかった。
「いらっしゃいませー。あれ、魔法師さま?」
店主の娘であろうか、10歳ほどの少女が二人の格好を見て驚きの声をあげた。それを聞いて、弟であろう幼い少年も駆け寄ってくる。
「ほんとだ! でもおっさんじゃねーじゃん! でもローブきてる……? ねーちゃんたちマジでメイガスさま?」
少年の勢いにポカンとしていると、奥から恰幅のよい女性が顔を出した。
「ニニ、カロン! なに騒いでんのさ! もうお店は開いてるんだからちゃんとしな!」
「かーちゃん! メイガスさまがきたよ!」
「魔法師様ぁ?」
怪訝な顔をした女性はエリアとエルノーを見て笑顔を浮かべ、一段高い声で話しだした。
「あらー、ようこそいらっしゃいました魔法師様! 今日おいでになるって話は聞いてなかったんですけどねェ! それにしてもソルソラーノにはこんな若い魔法師様もいらっしゃったんですねェ! 見てもらいたいのは保冷樽なんですよ! 二月前に魔石を交換したばかりだってのにどうも冷えが悪くってねェ!」
「いえっ! あの、あたしたち町に頼まれて来たわけじゃなくって! 昨日引っ越してきたんです! ご飯食べに来ました!」
女性の怒涛の勢いに負けじとエリアも果敢に言葉を挟む。すると少女がおずおずと話しかけてきた。
「魔法師さま、レストにずっといるの?」
「そうだよ。丘の上のおうちに住んでるの」
「丘の上ってあのでっけーかねもちの家!? 青いやねの!」
少年がぴょんぴょん飛び跳ねながら手を大きく広げる様子をほほえましく見ていると、女性が何かに気付いたように少年に問いかけた。
「カロン、何でそんなこと知ってるんだい。まさか行ったんじゃないだろうね」
「べべべつに中には入ってねーよ! カギかかってたし……」
「あの辺りは魔の森の近くだから行くなって行ってるだろ!」
怒られる気配を察してカロンはピューっと逃げていった。客の手前、追いかけるのを諦めた女性は二人に向き直る。きっと後でこってり絞られるのだろう。
「うるさくてすみませんねェ。魔法師様もお気をつけくださいな。あのあたりは危ないって聞いてますから」
「心配してくれてありがとうございます。あたしたちは大丈夫!」
「魔法師さまってやっぱり強いんだ……かっこいい……」
少女のキラキラした目に見つめられるのは少々照れくさかった。
窓際の海が見える席に案内される。港で働く人たちがよく見えた。昼時になったらこの店もああいう人たちで賑わうのだろう。
ニニと呼ばれた少女におすすめを尋ねると、「全部おすすめ!」と言いながら好みを聞かれた。
「お魚料理がいいなぁ。なるべくあっさりしてるやつお願い!」
「それなら白身魚の蒸し焼きはどう? 今日はキイロシマシマダイだよ!ふわふわだし骨が取りやすくて私好き! あ、あとニジサバの酢漬けもおすすめ! 野菜と一緒に漬けてるからさっぱりしてるよ!」
「それ両方ちょうだい! エルノー、半分こしようよ!」
「うふふ、お姉ちゃんたち仲が良いのね! 取り皿持ってくるね」
キイロシマシマダイがどんな魚なのかはわからなかったが、はきはきと注文を取るニニの姿が微笑ましくてつい両方頼んでしまった。おすすめというのだからきっと美味しいのだろう。
ほどなくしてニジサバの酢漬けとバゲットが届けられた。
「はいよ、おまちどう! 蒸し焼きはもうちょっと待ってちょうだいね!」
「酢漬け、パンと一緒に食べるとおいしいのよ!」
おすすめされたようにパンにのせてかじってみると、爽やかな酸味が口の中に広がる。魚は臭みもなくやわからかい食感で、シャキシャキとした野菜との対比が楽しい。ビネガーとオイルを混ぜた漬けダレには少し甘みもあり、ハーブも使われているようだ。グルメ初心者のエリアには何が入っているかまではわからなかったが、食欲を誘う香りだ。それがパンに染み込んでとても美味しかった。
「畑を作ったらハーブも植えてみようかな」
「いいね、おいしいのは大歓迎!」
ハーブは繁殖力が強いと聞くし、きっとエルノーなら育てられるだろう。なによりやる気を出していることを嬉しく思うエリアだった。
ゆっくりと食べていると蒸し焼きも出来上がったようだ。ほかほかと湯気があがり、魚の良い香りがあたりに漂う。
それは良いのだが、二人が想像した以上にとても、大きかった。
「キイロシマシマダイってこんな大きいんだぁ……」
「今日は特別大きいよ! 運が良かったねェ!」
大きめの皿からはみ出した頭としっぽはとりあえず放っておいて、身の真ん中にナイフを入れる。柔らかくほろほろとほぐれる身は確かに食べやすそうだ。
エルノーの皿にせっせと身を放り込み、エリアも自分の分に口をつける。塩と青レモンだけで味付けされたシンプルな料理だが、キイロシマシマダイの淡泊な味を邪魔せず、とても合っていて美味しかった。
もくもくと食べていると、カロンがそっと近づいてきた。
「メイガスさまってきょうだい?」
「そうだよ」
「なんでそんなに仲いいんだ? おれ、ねえちゃんと仲わりーよ。キールんちだっていっつもケンカばっかしてるし」
真面目な顔で尋ねてくるカロンに、二人で顔を見合わせる。家族仲が悪いようには見えなかったのだ。
「ねえちゃんいつもうるせーんだよ。早く寝ろとか家ん中で走るなとか森行くなとか。かーちゃんかっての!」
エリアとエルノーの仲が良いのはそうするしかなかったからだ。周りに敵が多ければ身内の絆は強くなる。
だが今言うべきはそういうことではない。どう答えようかエリアが迷っていると、エルノーが静かに問いかけた。
「カロン、君、風邪を引いて寝込んだことはある?」
「あるよ」
「そういう時、お姉ちゃんはどんな感じだった? 心配して優しくしてくれたんじゃないかな」
「……うん」
「なら君たちは仲良しだよ。大丈夫。君もお姉ちゃんに優しくしたらいい。そうすればずっと仲良しでいられるよ」
いまいち納得していない顔をしながらも、「わかった」と言ってカロンはまた外へ駆けていった。
「お互いが思いやっていればずっと仲良しでいられるのにね」
エルノーが誰のことを思い出しているのか分かったが、エリアは気が付かないふりをした。




