第1話 異国の隊商
日に日に陽が高くなり緑が濃くなる頃、双子は程々に仕事をしつつのんびりとした日常を送っていた。
空は晴れ渡り、少し気温が高くなってきた昼前に、エリアは近所の牧場を訪ねていた。近所といっても軽く散歩する程度の距離はあるが、一番近いのがこの家であるため、越してきた当初から何度か交流はあった。向こうとしても魔の森に近い場所に住んでいるということもあって、魔法師が近くにいることは安心に繋がったようである。牧場で飼っている牛の乳や鶏の卵をたびたびおすそ分けしてくれていた。
引っ越してきた当初は店の準備や森の調査などで忙しかったが、最近は生活が落ち着いてきたため、エリアは暇があれば遊びに行って料理を教わっている。
「エリアちゃん、今日はオーブンオムレツにしようと思ってるんだけどねぇ。どうかしら?」
「普通のオムレツとどう違うのかわかんないけどいいね! 絶対おいしいよ!」
牧場のマルタおばあちゃんの提案に、エリアは二つ返事で頷いた。マルタは料理上手で、初心者であるエリアにも作れるようなレシピをいつも教えてくれる。カモメのくちばし亭で出てくるような手の込んだ料理ももちろん好きだが、エリアはマルタの家庭料理も大好きだった。
「じゃあまず野菜を刻んでくれるかしら? 何を入れようかねぇ。丸ネギにホリン草に……エリアちゃんは何が好きだい?」
「お芋はどう? モリイモ入れよ!」
「いいわねぇ。パンも用意していたけれど、オムレツだけでお腹いっぱいになりそうだわ」
マルタがモリイモの皮を剥いている間に、エリアは丸ネギと向き合い気合を入れた。何度かみじん切りに挑戦したことがあるが、大きさを揃えて切るというのは案外難しい。しかもこのネギ、切ると目が物凄く痛くなるのだ。
「こういうのはエルノーの方が得意なんだけどなぁ」
沁みて痛む目を瞬かせながら包丁を入れていく。エリアも別に不器用ではないのだが、この手の作業はキッチリした性格のエルノーの方が得意だ。
「一緒に来たら良かったじゃないの。喧嘩でもしたの?」
「ただの店番だよ! 喧嘩なんてしたことないなぁ」
「ほんとに仲がいいわねぇあなたたちは。今度チーズ作りを教えてあげるから、一緒にいらっしゃいな」
「うん」
エリアがもたもたと丸ネギと戦っている間に、マルタはさっさとモリイモを薄切りにし、ホリン草をざっくりと切っていく。お土産に持ってきたエルノーのハーブも細かく刻んだ。最近家の裏の畑で育て始めたハーブ類はやたらと繁殖力が高く、大して手を入れていないにも関わらず元気に繁茂している。二人で消費するには多すぎる収穫に、こうしてよく知り合いにお裾分けしているのだ。
「エルノーちゃんのハーブは薬効が高い気がするのよ。さすが魔法師様ね」
「そうかなー。気のせいだと思うんだけど……」
エリアは首をひねった。そのように言われたのはこれで三回目だ。町で買った種を植え、普通に育てたはずなのだが。
わからないことはひとまず置いておいて、大きなボウルに卵を割り入れる。エリアも最近はあまり失敗せず割れるようになった。最初の頃は毎回殻が入っていたことを考えると相当な上達だ。今朝とれたばかりだという卵は弾力があり、綺麗な黄色をしている。せっかく黄身を潰さずに割ったが、木の匙を突き刺してがしゃがしゃと混ぜていく。塩と胡椒を加え、先ほど切った野菜たちとヤギのチーズも入れてざっくりと混ぜたら卵液の完成だ。鉄鍋にオイルを塗り、卵液を流し込む。あらかじめ熱しておいたオーブンに入れたらあとは待つだけだ。
このオーブンは以前エリアが直したものだ。温度調節の機能が壊れてしまっていたのを、食材を貰うお礼にと少し手を加えた。しっかりと動いていることを確認して、エリアは満足そうにうなずいた。
焼き上がりを待つ間、エリアは外に出て犬と遊ぶことにした。この牧場では犬を三頭飼っている。とても賢く人懐っこい犬たちで、エリアが遊びに行くと尻尾を振ってわふわふと近づいてくるのだ。犬と遊ぶという経験が全くなかった当初は突進してくる大きい犬たちに緊張したものだが、すっかり慣れた今となっては癒しの時間だ。
ふわふわの毛を順番に撫でていると、不意に犬たちが街道の方を向いた。一拍遅れてエリアも顔を向ける。何も見えないが、しばらくするとブロロロロという魔導車の音が聞こえてきた。
この町で魔導車を見ることはあまりない。持っているのは双子と町長、隣町と取引がある商人くらいなものだ。馬と比べると場所を取らず、都会では重宝されている魔導車ではあるが、田舎ではまだまだ馬車の方が安価なのだ。
しばらく待っていると大型の荷車を引いた魔導車が十台ほど街道を通り過ぎていった。
「ありゃあ隊商じゃな。随分久しぶりな気がするの」
「前回来たのは三年くらい前じゃなかったか?」
牧場主のソルブおじいちゃんと息子のセルジも魔導車の音を聞いて家から出てきたらしい。二人の話によると、外国から来た隊商で数年おきにこの町にも寄るのだという。
「気になるなら見に行ってみるといい。明日には広場に市が立つじゃろうて」
「話は後にして昼飯にしないか? オムレツが焼けたから呼んで来いとおふくろに言われたんだ」
「あ、うん。食べる!」
しばらく荷馬車の後ろ姿を眺めていたが、家から漂ってくる良い香りには抗えない。隊商のことは後でエルノーに話せばいいやと、いそいそとオムレツの元へ向かうエリアだった。




