第38話 アルゴ
二人は森の小屋のこと、鹿のこと、瘴気の穴のことをウォルトに話した。そして、アルゴの日記のことも。
「瘴気の穴……まさか、そんなものがあったなんて……」
ウォルトは絶句した。近所にそんな物騒なものがあったらぞっとしないだろう。
「ですがその穴はもう塞いだのですよね? であれば町の皆さんにもお伝えした方がいいのでは?」
「いや、魔物がいなくなったわけではないんですよ。もう既に瘴気は森中に広がってしまっていて、すべてを駆除するには大規模な山狩りでもしないと無理でしょう。これ以上濃くなることは無いですし、あの鹿が何かしていそうなので何年もすればそのうち消えていくとは思いますが。皆さんに伝えるのはもっと脅威が減ってからのほうがいいと思います」
あの子どもたちのように、魔物を軽く見て森に入る者が出ないとも限らない。今はまだ公表すべきではないというのが双子の意見だ。
「その鹿というのは一体何者なのでしょうか。そもそも精霊というのは? 我々を手助けしてくれていると考えても良いのでしょうか」
「精霊は光から生まれるって言われてる、魔物とは対極の存在、かな。あたしたちも良く知らないんだけどね。別に人の味方ではない、はずなんだけど」
大陸で精霊に出会ったという例は非常に少ない。敵でも味方でもなく、ただそこに在る。そういう存在だという認識だ。そうなのだが、あの鹿は。
「これは憶測なのですが、あの鹿、俺たちは『魔法師アルゴ』ではないかと思っています」
「どういう、ことでしょうか」
「いえ、そのものではないかもしれませんが。アルゴさんの記憶を持っているというだけの可能性もあります。ですが、何らかの係わりがあるのは確かだと思います」
「アルゴさんはアル=カナーフ人だったって言ったでしょ? アル=カナーフの精霊魔法にそういう魔法があるんじゃないかなって思ってる。精霊になるか、生み出すか、そういう魔法が。一年前に亡くなったって聞いてるけど、もしかして遺体は出なかったんじゃない?」
ウォルトは神妙な顔で考え込んでいるようだった。
「……そうです。海に身投げをしたところを目撃した漁師がおりましたので皆で捜索をしたのですが、波の荒い岸壁で、見つけることはできなかったのです」
「やっぱりそうなんだね。死んだことにして精霊になったんじゃないかって疑っちゃうな」
「それを確かめるためにアルゴさんの家を探索したいんですよ。何か記録があるかもしれませんから」
ウォルトが魔物に襲われた時、魔物を追い払った光はアルゴが精霊になって放ったものだったのではないだろうか。その場から姿を消したのは、人の姿をしていなかったから。その後一度人に戻ってどうにかしようとしたものの、上手くいかなかった。だから本当に精霊になったのではないだろうか。
「そうだとして、なぜ偽装するような真似をしたのでしょう。瘴気の穴だって、他の町の魔法師に応援を頼むなど方法はあったと思うのですが」
「それはね、多分アル=カナーフ人だってことを知られたくなかったんだと思う。日記は全部解読できたわけじゃないけど、故郷を恨んでるみたいな、忘れようとしてるような、そういう記述があったよ」
「アルゴさんの魔法は独特なんですよ。アル=カナーフと大陸の魔法が混ざっているんだと思います。町の人たちはともかく、魔法師に見られたら普通じゃないことがバレてしまうから。それを恐れていたんじゃないでしょうか」
「アルゴさん、居場所を失うことを凄く恐れてたみたい。他の魔法師を追い出そうとしてたのもきっとそういうこと。ちょっとひねくれてたみたいだけど、このレストの町を愛してたんだと思う」
「だから自分で守ろうとしたんでしょう。でもアル=カナーフ人だと思われるのは嫌だった。だから『レストの町の魔法師アルゴ』のまま死んだことにした」
誰にも知られず、感謝もされず、偏屈ジジイと思われたままの方がいいというのは、なんとも不器用なことだと思う。だが、エルノーとエリアもその気持ちが少しはわかるのだ。二人も大きな秘密がある。それを知られることを、恐れている。
「アルゴさんはウォルトさんに知られるの嫌がるだろうけど、でもあたしたちは知っててほしいなって思ったから教えちゃった! 誰にも感謝されずに恨まれるなんて悲しいもんね! みんなには秘密にしてくれるでしょう?」
「ええ、それは、はい、もちろん」
ウォルトはまだ混乱のさなかにあるようだったが、しっかりとうなずいた。
*
数日後、ウォルトの計らいで魔法師アルゴの家の探索が行われた。見つかった書物や資料の類は双子への報酬として下げ渡され、換金のできるものは町に帰属することとなった。
見つかった日記には、封印に失敗した後のこともしっかりと書かれていた。事の顛末は双子が予想したものとほぼ合っていて、やはり精霊魔法には『精霊になる』方法があるようだった。決断にあたってかなり苦悩した様子も見て取れた。故郷を捨ててなお故郷の力に頼らねばならないというのには、相当な葛藤があったことだろう。日記を処分しなかったということは、心のどこかに「誰かには知っていてほしい」という気持ちがあったのかもしれない。
二人は森の小屋に来ていた。数日前に入った時と比べて若干空気がきれいになったような気がする。気のせいかもしれないが。
大きな声で鹿に呼びかける。森の入口でもきっと聞こえているだろうが、なんとなくここまで来た方がいい気がしたのだ。
「アルゴさーん! 聞いてるー? 穴ちゃんと塞いだよー!」
「町の家とお店にあった日記も読みました! 俺たちがちゃんと管理するので安心してください!」
「ウォルトさんにお話ししちゃったけど、許してね!」
「何か意見あったら出てきてくださーい!」
風が吹き抜ける。木がサワサワとゆらめくばかりで、他には何の音もしなかった。
「帰ろうか」
「うん。そろそろちゃんと働かなきゃ」
「ずっと働いてはいたんだけどなぁ」
今『レストの町の魔法師』の看板を背負っているのはレプティス魔法店の二人なのだ。エルノーとエリアは意気揚々と家に向かって歩きだした。
一章完結です。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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少しお休みして、二章は3月から投稿予定です。
双子の田舎暮らしはまだまだ続きますので、引き続きお楽しみいただけたら幸いです!




