第32話 町兵団
診療所を出た後は、町兵の詰め所へ向かうことにした。面倒だが呼ばれているので仕方がない。
詰所は町の端、隣町ソルソーレへとつながる街道のそばにある。石造りの堅牢な兵舎と訓練場、厩舎を備えたそれなりに大きな施設だ。今まで特に用が無かったためエルノーとエリアがこのあたりまで来るのは初めてだった。
魔導車を門前に乗りつけると、警備をしていた兵士が駆け寄ってきた。
「魔法師様じゃないですか! わー嬉しいなー! こちらに御用ですか?」
「隊長さんに呼ばれてるの。取り次いでくれる?」
「もちろんです! 車はこちらにどうぞ!」
若い兵士が妙にキラキラした目で見てくるのが気になったが、馬車止めに魔導車をとめる。筋肉痛をこらえながらぎこちない動きで降りるエルノーを見て、兵士が慌てて走り寄ってきた。
「魔法師様、お加減が悪いのですか⁉ まさかあの時お怪我を⁉」
「いや、なんでもないんです。気にしないでください……」
本気で心配されるとそれはそれで恥ずかしく、エルノーはせめて毎日散歩くらいはしようと心に誓った。
兵士の案内で後をついて歩く。どこも人気がなくガランとしており、寂しい雰囲気だ。数日前の土砂崩れの復旧がまだ終わっておらず、残った兵士たちで何とか警備や巡回を行っているのだという。
「いやーそれにしても魔法師様ってお強いんですねー! 子どもたちに聞きましたよ。魔法でばったばったと魔物をなぎ倒してたって! 俺も見たかったなー魔法! 森の外からでもちょっとだけ見えたんですけどね! 失礼ですけど、お二人って細いじゃないですか。ほんとに大丈夫なのかなーって思ってたんですけど、全然心配いらなかったですねー!」
この兵士も捜索隊に加わってあの場にいたらしい。一体どんな話を聞いたのか、ずいぶん誇張がされているようで気がかりだ。苦い顔をするエルノーたちに気づかず、兵士は賑やかにしゃべり続ける。
「俺も昔魔法師になりたかったんですよねー! 魔法の素養なんて全く無かったので諦めましたけど! そういえばあの時家の中で待ってていいって言ってらっしゃったじゃないですか。そんな雰囲気じゃなかったので外で待ってたんですけど、入っとけば良かったなー! 魔法師様のお家に入れる機会なんてそうそう無いですよ! 今から行っちゃ駄目ですか?」
「緊急時じゃないからダメー」
「じゃあ次の緊急時にぜひ!」
「そんなこと言ってないであたしたちと一緒に戦えるようになってよ」
「それ言われると痛ェー!」
幼い子どもたちは結構自由に出入りしているのでどうしようかな、とエルノーは思ったが、エリアがうまくかわしてくれたのでほっと胸をなで下ろした。
応接室に通されたのでソファーに座って待っていると、ほどなくして屈強な中年男性が二人入ってきた。片方は先日会った隊長である。
「やあ魔法師様。私はレスト町兵団団長のローガンだ。先日は要請に応じていただき感謝する」
「改めて第二兵隊隊長のハインだ」
「レプティス魔法店のエルノーとエリアです」
立ち上がって握手する。エリアは先ほどとはうってかわって静かになってしまったので、エルノーが話をする。
「早速だが、捜索時の話を聞きたくてな。詳しく教えてくれないだろうか」
「そう言われましても、森に入って子どもたちを探し、連れて帰っただけですよ。皆さんがもうお話しているかと」
「どうやって見つけたんだね?」
「それはもちろん、魔法です。詳細についてはお話できませんのでご容赦を」
本当は鹿に連れて行ってもらったのだが、あまり存在を知られない方が良い気がして誤魔化した。いつの間にか姿を消していたので子どもたちにも見られていないことだろう。
「魔物はどんなやつだった? どうやって倒したのだ?」
「結構大きかったですね。目が六つあって口と爪もありましたが、不定形でした。他の魔物と変わらず光に弱かったので、光魔法で倒しましたよ」
「そうか……。私も何度か森から出てきた魔物を追い払ったことがあるが、それとは違う種類のようだな」
「一口に魔物と言っても形は様々ですからね。共通しているのは瘴気から生まれるということだけです」
「倒したと言ったな。追い払ったのではなく倒したのだな」
「まあ、そうですね。これくらいでよろしいですか? 魔法についてはお教えすることはできませんから」
町長しかり、団長しかり、上に立つ者というのはただの善人では務まらないらしい。あまり気が強そうには見えないエルノーならば使えると思ったのだろうか。意識して表情を抑え、若くとも気難しい魔法師なのだと主張する。
――閉鎖的で、一般人を見下していて、傲慢な魔法師。
エルノーもエリアもそういう典型的な魔法師が嫌いだが、立場を守るためにはそういう態度もある程度必要なのだと改めて実感する。
怒らせるのは得策ではないと思ったのか、団長はそれ以上追及することなく話題を変えた。
「ふむ、では協力金の話をさせていただこう。実働五時間ということで五万イェールが町から支払われる。同意していただけるならこちらにサインを」
ハイン隊長が差し出してきた書類を眺める。二人で五万ということは一人一時間五千イェールだ。命の危険がある場所に魔法師を送り込んでこの金額は、相当に安い。最も軍備にそれほど予算が割かれていない田舎町だということは承知している。今回はこの金額でも受け入れるつもりでいたが、毎回気軽に頼られると困ってしまう。
書類から顔を上げると、団長も隊長も緊張した面持ちでエルノーを見ていた。安すぎるという自覚はあるのだろう。金額は町の規定で決まっているのだろうから、この二人に訴えても意味はない。
エルノーは微笑を浮かべて書類を返した。
「この件については町長、あるいは代理の方でも構いませんが、後日お話しましょうとお伝えください」
結局サインをすることなく、二人は詰所を後にした。




