第25話 空想と杖
「エルノー、あれ読み終わった? 今日返したいんだけど」
「読んだよ。色々と変なところはあったけど。物語ってそういうものなのかな」
「恋愛が主軸みたいだし、細かいことは気にしない方がいいんだと思う」
「その恋愛のところもよく分からなかったけどね。なんでハンカチを拾ってもらっただけで惚れるんだろう。最後の方なんてもう愛とかいう話じゃなかった気がするし」
エルノーは『少女パウラ』をエリアに返しつつ首を傾げた。数日前にサーシャに借りた恋愛小説を回し読みしていたのだ。
『下町編』はまだ良かった。素朴な少女がお忍びで下町に遊びに来ていた王子様と恋をする話だ。王子様がこんなところに来るわけがないと思いつつも、王家と距離が近い小さい国ならあり得るかもしれないと納得させながら読み進めた。最終的に結婚することになったのは信じられなかったが。
問題は『王宮編』と『神殿編』だ。王宮編は王子の妻となったパウラが貴族たちにいじめられながらも、王子との愛の力で悪を成敗する話だ。いじめの内容がとにかく幼稚で、よく今まで王宮で生き残ってこれたなと呆れた。それにそれだけの数の貴族を排除してしまって、国が維持できるのだろうかという疑問も残る。
そして聖女の力に目覚めたパウラが闇と同化した王子と戦う神殿編。これはもう、あまりに現実離れしていて理解が追いつかなかった。恋愛小説を読んでいたはずが、これではまるで創世神話だ。よくわからない理論で王子が元に戻ったのも納得がいかない。
二人であれこれと感想を言い合いながら朝食を食べる。なんだかんだ言いながら、二人とも本を読むことが好きなのであった。
*
「というわけで、よくわかんなかった! せっかく貸してくれたのにごめんね」
「……あなたたちが思っていたより物語初心者だってことはわかったわ」
エリアとサーシャはレストの町唯一のカフェに来ていた。店内はわざわざ王都で買い付けてきたという家具や小物で飾り付けられており、小洒落た雰囲気だ。おやつ時の現在は若者たちで賑わっていた。
「お待たせ。ご注文の『季節のフルーツパンケーキ』よ! ハチミツとシロップは好きにかけてね!」
給仕の女性が二人の前に皿を並べていく。甘すぎるものが苦手なエリアのためにサーシャが選んでくれたのはパンケーキだった。やや小ぶりの平たいパンケーキ四枚に、クリームとオレンジのジャムソースがたっふりと添えられている。別に置かれた陶器の容れ物にはシロップとハチミツがなみなみと注がれていた。
躊躇なくシロップをかけるサーシャを横目に、エリアはおそるおそるパンケーキの切れ端を口に運んだ。しっとりとした生地には十分な甘さがあるが、オレンジソースの酸味で上品な味に仕上がっている。
今度エルノーも連れてこようかなあと考えていると、サーシャが真面目な顔で切り出した。
「あなたたちはまず空想物語に慣れるところから始めないといけないわね。うちに子ども向けの本があるから、次はそれにしない? 魔法師の女の子が動物たちの困りごとを魔法で解決するっていう可愛いお話なの」
難しい顔でなにやら考え込んでいると思ったら、エリアに貸す本のことだったらしい。
「その本は挿絵があるんだけど、主人公の女の子がすごく可愛いのよ! フリルとリボンがいっぱいの丈が短いドレスを着ててね、宝石が付いてるキラキラの杖を持っているのよ! 『魔法師ルビィ』は女の子たちの憧れなの! 王都にはルビィを真似た服とか杖も売ってるのよ! もちろん宝石じゃなくてガラスの飾りがついてるんだけどね」
目を輝かせて衣装について語るサーシャがあまりに楽しそうなので、エリアも自然と笑顔になる。サーシャのかわいいもの好きはそういった本で養われたのかもしれない。
「そういえばエリアの杖は見たことがないわね。どんなやつなの?」
「持ってないよ」
そう言うとサーシャは驚きの声を上げた。
「無くても平気なの? 長くてキラキラしたものを持っているイメージだったわ」
「実は平気なんだよねー。杖があると魔力を集中させやすくなるからみんな持ってるけど、無くてもどうにかなるよ。あれば便利だから欲しいんだけどねぇ」
エリアたちも王宮に勤めていた頃は支給されたものを持っていたのだが、置いてきてしまった。真鍮製で背よりも高い杖はなかなかの重さで正直邪魔だったため、今度はもっと取り回しのしやすい物を、とエルノーと相談していたところだ。
「新しい杖、いいじゃない! どんなのにするの?」
「これくらいの長さがいいかなぁと思ってるよ」
手で肩幅くらいの長さを示すと、サーシャは訳知り顔で「ワンド型ね」と頷いた。
「そんなに短くていいのね。長いのと何が違うのかしら」
「長い方がいかにも魔法師っぽいからって理由で持ってる人結構いるよ。あとは山道歩く人が普通の杖代わりにしたり、棍棒みたいに殴ったり」
「なんだか魔法師様のイメージが崩れそうだわ……」
サーシャには悪いが、魔法の杖とは実用的なものなのだ。棒の先に魔石を付けさえすれば、どんな長さだろうが形だろうが立派な杖である。
おそらくサーシャがイメージしているのは式典用のものだろう。姫様が国民の前に出るときは聖銀製で装飾過多な杖を持っていた記憶がある。エリア自身も宝石が散りばめられたようなものを持たせられたことが何度かあった。魔石は一つで十分だし、宝石は飾りとしての意味しかない。
「まあそれはいいわ。大事なのはデザインよね! 素材はどうするの? 聖銀?」
「ここじゃ手に入らないでしょ。加工できる人もいないだろうし。――なるべく軽くしたいから木がいいかなと思ってるよ」
「それならうちのおじいちゃんに頼んだらいいわ! 私も一緒にデザイン考えてあげる!」
「ほえっ!?」
サーシャの祖父はレスト木材店の親方で、家具職人だ。それはわかっているのだが、家具と杖は別物ではないだろうか。
「おじいちゃんは細か〜い家具の彫刻もやるのよ! きっと杖も作れるわよ! そうと決まればおじいちゃんのところに行きましょう!」
「待って待って! まずエルノーに相談してからだって!」
思い立ったが吉日とばかりに席を立とうとするサーシャをなだめ、エリアは残ったパンケーキを慌てて口に詰め込んだ。




