第23話 魔法師として
「お邪魔しまーす」
「どうぞ、狭い家ですが」
エリアが先に風呂を借りることになった。温水の出るシャワーが設置されている、なかなか立派な宿舎だ。自分の着替えを貸すのはさすがに気が引けたとみえ、ウォルトが庁舎から女性職員用の制服を借りてきてくれた。
服どころか顔も煤で真っ黒、髪からも燻されたような臭いがしていたので、魔導車を汚さずに済んだのはとてもありがたい。
手早く汚れを落として風呂場を出、玄関へ向かう。外ではエルノーとウォルトが待っていた。びしょ濡れなので室内で待つのは遠慮したのだ。火事のあらましを説明していたようで、ウォルトは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。ただでさえ魔法師の印象が悪そうなのに、もっと悪くなったのではないかと心配になる。かといって黙っていてもいずれは伝わってしまうのだから仕方がないのだが。
エルノーと交代して礼を言う。
「お風呂ありがとうございました。服まで借りてきてもらっちゃって。これ着てるとお役人さんになったみたい。似合いますか?」
リネンのシャツに深緑のジャケットとロングスカートの制服は、いかにも地方官吏といった風貌だ。仮装をしているようで少し照れながら尋ねると、ウォルトは目をそらし、ソワソワとか細い声で「お似合いですよ」と答えた。
それ以降一切目をあわせようとしないウォルトと話が弾むはずもなく、エリアは庁舎に戻ることにした。
「あたし、先に行って片付けてきますね。エルノーに伝えてください」
するとウォルトは急に慌てだし、「あの……!」と挙動不審に話しかけてきた。
「? なんでしょう」
「ええと、エリアさんは普段、他の方にはもっとフランクな話し方をしてらっしゃったと思いますが……。私にはなぜそのような言葉遣いをなさるのかな、と……」
黙っていたのはこれをどう切り出すか考えていたせいらしい。エリアは相手に合わせて話し方を変えている。平民は基本的に敬語を使わないためエリアもそれに倣っているが、ウォルトは役人であり堅物な雰囲気も相まって、何となく敬語で喋っていた。それに。
「ウォルトさん、魔法師が嫌いみたいだから馴れ馴れしいのは嫌かなと思ったんだけど、気にしたならごめんね!」
「え?」
エリアの返答が意外だったのか、一瞬きょとんとしたあと困惑の表情を浮かべた。
「え、いや……嫌いというわけでは……。いえ、すみません。私の態度が悪かったですよね……。決してあなた方が嫌いなわけではなくて……」
ウォルト本人もよそよそしい態度を取っていたことに気づいていなかったようで、何と答えたらいいか戸惑っているようだった。微かに手が震えている。説明をしようとして、魔物に襲われたという時のことを思い出してしまったのかもしれない。
「無理に話さなくてもいいよ。……嫌なことがあったんだね」
本当は今すぐにでも聞き出したいが、やっと心を開いてくれそうなのだ。焦らず穏やかに話しかける。
「あたしたち、この町のみんなと仲良くしたいと思ってる。もちろんウォルトさんともね。だから出来ることはなるべくやるし、気になることがあったら相談してほしいよ」
これはエリアの本心だ。やっと見つけた安住の地。町民たちとはおおむねよくやっているし、それなりに尊敬してもらっている。もうここを手放す気は毛頭無い。
すると思い詰めたような顔をしたウォルトが問いかけてきた。
「エリアさん、あなたは魔物と戦ったことはありますか」
「あるよ」
「怖くはないのですか」
「もちろん、怖いよ」
そう言うとウォルトが意外そうな顔をした。
「魔法師様でも怖いことがあるのですか。あなた方はそれなりに力のある方のようだから、全然怖くないのかと」
「力があったってこっちを殺そうとするやつと向き合わなきゃいけないんだよ? そりゃあ怖いよ。殺されるのも怖いし、殺すのも怖いの」
エリアとエルノーは何度も戦場に赴いたことがある。魔物は勿論、人と戦うことだってあった。戦うのはいつだって怖い。
「でもね、必要なら戦うよ。あたしたちが戦わないことで他の人が死んじゃったら嫌だから。だから、戦う。ウォルトさんのことだってちゃんと守るから」
なおも逡巡しているウォルトに、「あたし行くね。話したくなったらいつでも言って!」と声をかけ、家を出た。一人で考える時間も必要だろう。
*
翌朝、また早起きをして荷物を積み込み、町役場へと向かう。昨日予定していた作業がまだ沢山残っているため、急いで点検と修理を進めなくてはならない。幸い複雑な魔道具は終わらせているため、残りは手分けして作業にあたることにした。
昼を過ぎ、しばらくして全ての作業を終えた。道具を片付け、チェックシートに記入してウォルトを呼ぶ。
「こちらが今回の作業になります。工賃と出張費は最初にお話した通りで、部品代と魔石代はこちらの明細をご確認ください」
「はい。確認次第お支払いさせていただきます。お疲れ様でした」
お暇しようとすると、ウォルトが「ちょっとお時間あるでしょうか」と話しかけてきた。真剣な顔に、エリアとエルノーも姿勢を正す。
「魔法師であるお二人に意見を伺いたい。――魔の森の魔物について」




