第22話 ずさんな仕事
火災が完全に収まったことを確認して、二人は魔法を解いた。雨が止み、止まっていた空気が動き出す。魔力を多分に含んだ霧は、乾いた空に散っていった。
雨が止んだことで近寄ってこようとする消防団を「まだ待って」と留めて、エリアは火災現場へと向き直った。
「中見てくる。天井抑えといて」
「わかった。気をつけて」
鉄骨の建物はまだ形を保っているが、いつ倒壊するかわからない。しかしここまで関わったからには火元の確認をしないと気が済まず、エリアは工場内へと足を踏み入れた。
エルノーの魔力を感じるので建物自体はひとまず問題ないが、内部は惨憺たる有様だった。加工途中の魚や木箱などはすっかり焼け焦げて炭になっており、大量の水を浴びてぐちゃぐちゃだ。消火しようとしたのか、それとも逃げる際に慌ててぶつかったのかはわからないが、バケツや小物が散乱している。
足元に気をつけながら火元と思われる魔道具を探す。魔力探知を使った際に、一際魔力を放出している魔道具があったことは確認済みだ。
反応のあったあたりを目指して進むと、真っ黒になって崩れている大型魔道具があった。ここまで焼け焦げていると何の魔道具かはわからないが、火元はおそらくこれだろう。
服が汚れるのも厭わず、手探りで魔導回路板を探す。何とか見つけ出したそれを見て、エリアは眉をひそめた。
「終わったから来ていいよー」
言いつけを守って遠巻きに見ていた消防団に声を掛けると、男たちがおずおずと近づいてきた。
「早くねぇか……? 真っ白で何にも見えなかったが、何してたんだ……?」
「魔法師にしかできない方法だからね。普通より早いよ。――工場の責任者の人ってどこにいる?」
「ああ、あそこだ。一応オルネシア先生に診てもらってるぜ」
消防団の男たちに倒壊に注意するように言い、先生の元へ向かう。それなりの数の従業員がいる工場だったため、気になって様子を見に来ていたようだ。幸い大きな怪我をした人はおらず、軽く手当てをして診療所へと戻るところだった。その隣に恰幅のいい男性が茫然自失の様子で座り込んでいた。
「ブロックさん、魔法師様を連れてきたぜ。ショックなのはわかるが、話があるんだってよ」
ブロックと呼ばれた男性がのろのろと顔を上げる。エリアとエルノーのローブを見た途端、目を見開いて鬼気迫る表情で立ち上がった。
「魔法師様! わ、ワシの工場が、消し炭にっ……! 何とかしてくだされ!」
「まあまあ、落ち着いてくれや。魔法師様が火を消してくれたんだぜ? おかげで事務所までは燃えてねえよ。な?」
興奮したブロックを消防団の男がなだめる。危機的な状況にあって、人知を超えた力を持つ魔法師に縋ろうとする者は珍しくない。だが魔法師だからといって何でも出来るわけではないのだ。焼け落ちた工場を元に戻すことなど、普通の魔法師には出来ない。
気の毒ではあるが、二人にできるのは事実を伝えることだけだ。エリアは回収した魔導回路板を差し出した。
「これは……?」
「出火した魔道具の回路板だよ。これはあなたに必要なものだと思うから、渡しておくね」
ブロックは困惑しながらも受け取った。ねずみ色の金属板は熱でグニャグニャに変形しており、文字はもうほとんど読むことができなくなっている。
「これは錫。鉄よりも低い温度で溶けるから、熱を持つ魔道具には絶対に使わないものなの。火事はこれが原因だね」
「どうしてそんなものが……」
「鉄に回路を刻むのって結構魔力が必要なんだ。それに比べて錫は簡単だから……これを作った魔法師はあまり力の無い人だと思う」
木や錫などの柔らかい素材には刻めても、硬いものは無理という魔法師は結構多いのだ。だから鉄の回路は高くなる。
「そんなもん誰がやったんだ! アルゴ爺か!?」
「違うよ。アルゴさんは鉄を扱える。こんな小細工するわけない。……別のとこで買ったんでしょ?」
エリアはもう何度もアルゴの回路を見てきたのだ。明らかに別人が作ったものだとわかる。
「そうです。王都のレジャー商会で……。まだ駆け出しだから、贔屓にしてくれれば安くするって……。あの野郎! 騙しやがって!」
「落ち着いてね。その商会の人も魔法師に騙された可能性だってあるんだから。とにかくこの回路板を持ってお役所とか魔法師協会に行くといいよ。補助金が下りるかもしれないし、作った魔法師を調べられれば賠償請求もできるかも」
確信が持てなかったので言っていないが、おそらくこの回路には安全対策がされていない。火事になるような危険な魔道具は、回路に破損があった際に魔力の流れを止めるように組むのが当たり前だ。義務と言ってもいい。錫を使うような魔法師のことだ、そういう"当たり前"すら知らなかった可能性がある。魔法師協会が動けば芋づる式に発覚するかもしれない。
エリアとしては魔法師協会とは関わりたくないが、この可哀想な工場長がちょっとでも楽になればいいな、と思った。
*
町役場へと戻ると、門前でウォルトが待っていた。
「ウォルトさん! 仕事中に抜けちゃってごめんなさい」
「話は聞いています。火事を消しに行ってくださったとか。緊急事態ですので謝ることはありませんよ。こんなに早く鎮火したのはあなた方の力のおかげでしょう。ありがとうございます」
ウォルトはそう言って穏やかにほほえんだ。朝と比べてかなり態度が軟化したのは嬉しいが、今日はもう仕事をするどころではなく、何とも気まずい。
「続きの作業をしたいんですけど、この状態なので……続きは明日にしたいです。ごめんなさい。明日にはちゃんと終わらせるので!」
エリアもエルノーも、豪雨の近くにいたためにずぶ濡れだった。特にエリアは工場内部に入ったために煤で真っ黒になってしまっている。ローブの裾を絞ると真っ黒な水がじゃばじゃばと溢れた。このまま中に入ったら周りを汚してしまう。
魔道具の蓋は開けたまま、道具も出しっぱなしで帰るのは気がかりだが、明日も役場は休みなのでどうにかなるだろう。そう思って帰る許可を貰おうと切り出すと、ウォルトから思いもかけない返答があった。
「うちで風呂に入っていかれますか? すぐ裏の宿舎に住んでいますので」
「へ?」
まさか嫌われているであろう相手から家に招かれるとは思ってもいなかったので、間抜けな声を出してしまう。それを聞いてウォルトが突然慌てだした。
「あ、いや、女性にそんな、失礼でしたね、申し訳ありません……! 決してそういう意図はなくですね、あなた方の家まで距離がありますし、濡れたままでは風邪を引いてしまうのではと思ってですね……!」
耳を真っ赤にしてしどろもどろに言い訳を始めたウォルトに、年上っぽいのにピュアな人だなぁとエリアは思ったものの、口に出さずにっこりと微笑む。実際少し寒くなってきていたのだ。一人だったら絶対帰るところだが、エルノーがいるし別にいいかと、家にお邪魔することに決めた。




