第21話 消火活動
二人は黒煙を目指して走った。町役場から坂を下り、海の方へ。途中で西に曲がり、工場街へ向かう。現場へと近付くにつれ通りには人が増えていく。野次馬をかき分けながら何とか前へと進み、前線へたどり着く頃には二人ともすっかり息が上がっていた。
現場では、消防団であろう屈強な男たちが魔導水栓を使って水をかけていた。だが工場から上がる火の手は一向に収まる気配がない。一足先に呼吸を整えたエリアは、一番近くにいた消防団の男へと声をかけた。
「あたしたち魔法師です! 手伝いに来ました!」
「あ? ああ、あんたらが最近来たっていう……。若ぇ嬢ちゃんじゃねぇか。大丈夫なのか? そっちの兄ちゃんもくたばりかけだしよ……」
「大丈夫! 状況を教えて!」
男によると、噂のとおり火元は魔道具のようだった。鉄骨の建物は倒壊こそしていないものの、焼け焦げて真っ黒だ。
「水かけて何とか広がらないようにはしてるんだが、全然収まらねえんだ」
「そうみたいだね。中に人は?」
「全員逃げたとは聞いてるが」
そこまで聞くと、エリアは手を広げて魔力を集中させた。
『見えざる灯よ。
古の理に従い、
我が耳、我が手、我が心の臓へと
脈を返したまえ――』
周りに人が大勢いる状況では共鳴魔法は使えない。コルヌネス派の呪文を呟く。共鳴魔法と違い、コルヌネス魔法は使用者の想像力に頼らない。一定以上の魔力があればいつでも同じような効果が出せるが、その代わり融通が利かず、呪文がやたらと長くなってしまう。
『――天の星光、地の焔、
間隙の帳の奥に秘されし灯よ。
我は波紋。
我が掌を遮るものは無く、
我が瞳に見通せぬものは無し。
広がれ、描け。
魔法探知!』
エリアを中心に魔力の波紋が広がる。ややあって、他の魔力にぶつかった波紋が返ってくる。野次馬が大勢集まっているせいでノイズが多い。コルヌネス魔法は範囲の指定が出来ないのだ。集中して工場の中から返ってくる反応だけを拾う。
――中魔石が三つ。小魔石が……多分十四、生き物の反応無し。
「エルノー、人はいないよ」
「じゃあ思いっきりやろう。皆さん、後は俺たちに任せて下がってください」
咳き込んでいたエルノーもようやく立ち直り、意識を集中させる。両手を空に掲げ、付け焼き刃の呪文を紡ぐ。
『天高く雲海を漂う旅人よ、
古の理に従い、我が前に雨を降らせよ。
虹の彼方、蒼穹の下、
白銀の氷柱の宮、湛えし千の泉より、
滴りし雫は白糸の瀑布となりて、
渇き地へと降り注ぐ。
高きは低く、氷は水へ。
巡れ。落ちよ。
滝の雨!』
魔力が広がり、工場の上空で収束する。晴天にもかかわらずポツポツと振り出した雨はすぐに豪雨となり、建物に降りそそいだ。激しい雨が地面を叩き、水飛沫で視界が白く染まっていく。
エルノーの魔法を見て、それまで半信半疑だった消防団の男たちが呆然と手を止めた。十人がかりで水を掛けるよりもエルノーひとりの魔法の方が余程水量が多いのだから当然であろう。
「見たでしょ? あたしたちに任せてみんな下がって! もっと大きな魔法を使うから、近くにいたら巻き込まれちゃうよ! おじさん、町の人たちを誘導して! あっちの通りの向こう側まで行って! 早く!」
「お、おう。こりゃすげぇや……魔法師様ってのはこんな魔法も使えるんか……」
エリアの言葉に、男たちは素直に退却を始める。周りの野次馬たちを誘導するように頼み、エリアもエルノーの隣に立った。
「どうする? 空気止めちゃう?」
「そうだね。まず火を消して、魔力の流れを変えられそうなら変えよう」
「じゃああたしが主導するから、エルノーはそのまま雨出しといて」
町民たちが遠くまで退避したのを確認して、二人の呼吸を合わせる。魔力が混ざり合っていく。
『檻。空隙の檻』
『声も届かぬ静寂』
『命を止める淀』
『炎さえも生きられぬ虚無』
二人の声が重なり、その度に魔力が膨れ上がる。イメージするのは閉じた空間。炎は空気の入らない狭い部屋では燃え続けられないことを、二人は知っている。この『止まった空気』の中では生き物は生きられない。確実に人がいないと確認してからでないと使えない方法だ。
程なくして炎の勢いは弱まり、やがてすっかり消えてしまった。行き場を無くした煙が工場内を漂っていたが、雨と混ざり合い黒い水となって地に落ちた。
だが、まだ魔道具は動き続けている。周りにあった魔石の魔力も取り込みながら暴走を続ける魔道具を止めるのは大変だ。魔力の方向を変えたいが、一筋縄ではいかないだろう。
止めるのは諦めて魔力を浪費させる方向に切り替える。空気を止めているエリアに代わり、エルノーが主導する。それほど難しい魔法でもないので、雨は降らせたままだ。
『水。渇いた水』
『魔力を奪われし滴』
『魔力を求めし貪欲な水禍』
『全てを覆いし凛冽なる沈黙の霧』
工場内を霧が包み込む。魔力が枯れた水が辺りに漂う魔素を吸い尽くしていく。魔石は急速に魔力を失い、やがて完全に沈黙した。




