第2話 双子のおうち探訪
「デカ……」
エルノーは新居を見上げておののいた。何せ、王都の一般庶民の家が六軒は入りそうな大きさがあるのだ。ぱっと見た感じは二階建てだが、場所によっては屋根裏部屋もありそうである。田舎だということを考慮しても二人暮らしには広すぎる。
「結構大きいって言ったでしょ」
「そうだけど、話に聞くのと実際に見るのとでは違うよ。しかも思ってたより、その……オシャレだね」
白い漆喰の壁に青い屋根。窓が多く、曲線が多用されているのもあってか、非常に明るく柔らかい雰囲気を醸し出している。二年も空き家だった割にはそれほど汚れておらず、まるでリゾート地の家のようだ。
「お金持ちの別荘だもん、そりゃオシャレだよ。お店やるんだから見た目はいい方がいいでしょ。魔道具とか薬作り始めたらどんどん荷物増えちゃうし、工房は広ければ広いほど良い!」
「掃除のことを考えると気が重いよ」
「自動で動くモップを作るからへーき! エルノーは良く落ちる洗剤作ってね」
「汚れって言ったって、土と油と薬剤では全然違うんだけど……。それでいて床とか家具を傷つけない洗剤だろ? なかなか難しいな」
「そういうのは後にして早く中に入ろうよー!」
ネリ化合剤だと木まで溶かしてしまうし……ならいっそ先にワックスでコーティングしてしまう方が……などとブツブツ言い始めたエルノーを再び荷台に押し込み、エリアは魔導車を家の裏手に回した。裏口の前に駐車スペースがあることは確認済みである。
「確かこの辺りに……あった!」
裏口のそばに無造作に置いてある植木鉢を持ち上げ、その下から鍵を取り出す。不動産屋があらかじめ置いておいてくれたのだ。
早速扉を開けて中に入ると、意外にもホコリ臭さなどはほとんど感じられなかった。事前に掃除を依頼しておいたのだが、しっかりと仕事をしてくれたようである。
事前に中を見ているエリアは、勝手知ってる我が家――実際我が家になったのだが――のようにずんずんと進んでいく。
裏口の付近には小部屋がいくつか並んでいた。ガランとしていてわかりづらいが、物置や使用人部屋として使われていたのだろう。
それよりも目を引いたのは厨房である。一般家庭の台所と比べてかなり広い。中央には大理石でできた作業台があり、壁際には大きな流しが二つ、魔導コンロが三口ついている。残念ながら魔石は外されているようで火は点かず水も出ないが、魔法師である二人には、そう手間がかかる作業ではない。一般的な作りのようだし、手持ちの魔石の中に適合するものがあるだろう。
「へえ、広くていいね。魔法薬の工房にしたいな」
魔法薬の精製には水や火が欠かせない。吊戸棚や食器棚が設置されているのも、細々とした道具が多い魔法薬づくりにはありがたいのだが。
「でもご飯作るところと一緒はまずいか」
魔法薬の材料には、適切に処理しなければ毒となるものが数多くあるのだ。 エルノーは自然毒が効かないためうっかり口に入れてしまっても問題ないのだが、エリアはそうはいかない。
「それに関しては大丈夫。この部屋はエルノーにあげるから、あたしも欲しい部屋があるんだけど」
まるでいたずらを企む子どものようにニヤニヤしながら、エリアは次の部屋までエルノーを引っ張っていった。
*
「ここが欲しいんだよね」
「もしかして」
「そう、そのもしかして! この部屋を魔道具工房にしまーす!」
「……世界一優雅な工房かも」
板張りの床はまだ輝きを失っておらず、白を基調とした壁紙には青で緻密な花の模様が描かれている。柱や窓枠にも装飾が施され、部屋の中央には飾りの彫られた大きな長テーブルが鎮座していた。以前の裕福な住人一家が食事をしていたであろうこの優美な部屋を、よりにもよって工房にしようとしているのだ。
「だってこの部屋が一番大きいんだもん。それともここでご飯食べたかった?」
「いや……いいよ。二人じゃ絶対寂しいし。――そもそも椅子が無いんだけど」
そうなのだ。テーブルは大きすぎて置いていったのだろうが、椅子は回収されてしまっている。買い足すにしてもこの田舎町で同じ意匠のものを調達するのは困難だろう。どうせ置いていくならセットにしてくれればまだ売りようがあったのに、とエルノーはため息を吐いた。
「それなんだけど、テーブルはお店のディスプレイに使ったらどうかな。作業台にするにはちょっともったいない気がするし……目測だけどギリギリ置けそうだったよ」
「そもそもどこをお店にするつもりなの?」
「玄関」
*
確かに玄関ホールは広かった。金持ちの屋敷とは往々にしてそういうものだというのはわかってはいるが、合理主義のエルノーとしてはどうにも無駄に思えてしまう。
「カウンターとか棚を置いたらお店っぽくなると思うんだよね。じっくり相談したいお客さんは隣の応接室に通せばいいし」
「あまり奥まで入ってきてほしくないし、ちょうどいいか」
「応接室には絶対ソファーを置こうね!」
「……欲しいものが多すぎる。お金足りるかな……」
「心配性だなぁエルノーは。足りなくなってから考えればいいじゃない」
顔はそっくりだが性格がまるで違う片割れに苦笑しながら、エリアは正面玄関の扉を開けた。
すっかり日が傾き、空は茜色に染まっていた。二人の家は町外れの高台にあるため、夕日に染まるレストの町や海がよく見える。
「明日は街に行ってみようね」
「少なくとも食べ物は絶対買わないと。自分の家にいるのに保存食なんて嫌だよ」
「お魚がおいしいらしいけど、あたし捌き方わかんない」
「俺も」
水平線へ沈む夕日を眺めながらしばらく取り留めのない会話をしていた双子だったが、エリアが急に弾かれたように慌てだした。
「どうしたの」
「暗くなる前に結界を張らないと! すっかり忘れてた!」
なんせすぐ隣は魔物の森なのだ。昼間、明るい場所まで出てくることはめったにないが、夜は奴らの時間である。安心して眠るために結界は必須であった。しかも二人の持つ明かりは持参した魔石ランプ一つきりなのだ。家の中にもそれらしきものは残されていなかったし、完全に暗くなる前に作業を終えてしまわねば身動きが取りづらくなってしまう。
「マギ粉取ってくる!」
「じゃあ俺は水出しとくよ」
エリアが魔導車の荷台に積んだままのマギ粉を取りに行くあいだ、エルノーは庭の隅に転がっていた木桶に水を溜めておくことにする。蛇口はまだ直していないため、魔法で出すしかない。
木桶の汚れを軽く手で払い、しゃがんで手をかざす。
意識を桶に向ける。
体内を駆け巡る魔力が両腕を通り、さらにその先へ。手のひらのもっと向こうまで手が届くような、そんな感覚。
体の外へ出た魔力は、拡散することなく木桶へと集まる。周囲の魔素がゆらぎ、弾ける時を待つ。
『水』
イメージを声に乗せる。
『森の奥の奥から湧き出でる水』
マギトロニアの木が生い茂る森の奥の清らかな――。
『陽だまりの柔く温かい水』
いつの間にか戻ってきていたエリアの声と魔力が重なる。
木桶に集めた魔力が弾け、底から透き通った水がこんこんと湧き出す。触るとほのかに温かい。
「これ全部入れちゃっていいかな」
「いいよ。あと四袋あるし」
なみなみと水が張った桶に、エリアは手に持っていた麻袋の中身を全てぶち込んだ。少々白い粉が飛び散ったが、気にせずにそのあたりで拾った枝でぐるぐるとかき混ぜる。
マギ粉はマギトロニアというツル性植物の実を粉にしたものである。マギトロニアは非常に魔力の多い植物で、実もまた含有魔力が多い。用途によってはそのまま使うこともあるが、大抵は乾燥させてから粉にする。水分が抜けるとともに魔力も抜けていき、再び水と混ぜると魔力を吸収するようになるのだ。そういった特性から魔法の触媒として大変ポピュラーな素材であり、また安価であることから魔法師であれば誰しもが必ず世話になるものである。
そのマギ粉がもっとも溶けやすいのが、マギトロニアに魔力を吸われた森の湧き水、それも人肌くらいに温められたぬるま湯なのだ。
すっかりかき混ぜられ白くなったマギ粉水を家の周囲に少しずつ撒いていく。敷地全体は広すぎるため、ひとまず家だけ守ろうということになったのだ。どのみちこの簡易結界は一週間ほどで効果が消えてしまう。本格的な作業はまた後日手分けして行うことに決めた。
なんとかぐるっと一周撒き終わり、玄関の前に立つ。今度は最初から二人で魔法を使うのだ。
両手をマギ粉水を撒いた地面に向け、魔力を集める。家の裏まで意識し、先ほどよりも多く魔力を注ぐ。
一息つき、呼吸を合わせる。
『境界――魔を退ける境界』
――イメージする。
『邪なものを阻む柵』
――強く。
『悪意を弾く網』
――しなやかに。
『暗闇と陽だまりの境界』
――温かい場所を。
二人の声が交互に響く。
幾重にも魔力が重なり、混ざり合い、そのたびに膨れ上がっていく。
――共鳴魔法。
双子の魔法師、エルノーとエリアだけに使える魔法である。
「ふー、こんなもんでいいかな?」
「あんまりやりすぎても良くないし、このくらいでやめておこうか」
簡易結界とは思えないほど強固な結界を張り終える頃には、あたりはすっかりと夕闇に包まれていた。
「あーあ、暗くなっちゃった。もう寝ちゃう?」
「ちょっと早すぎない?」
「でもランプ一個じゃ何もできないよ。明日早起きすればいいじゃない。それに朝からずっと移動してて疲れたー!エルノーだって具合悪かったんじゃないの?しかも魔法まで使っちゃったし」
「うん……ちょっとはしゃぎすぎちゃったかもな。わかった、寝るよ」
一度意識してしまうと、どっと疲労が襲ってくる。どうせこれからいくらでも時間があるのだ。明日何をするか考えてワクワクしながら二人は眠りについた。




