第19話 医者と薬師
「こんにちは、シスター。オルネシア先生はいらっしゃいますか?」
エルノーは作った薬を持って診療所を訪ねた。近所の教会から手伝いに来ているシスターが出迎えてくれる。教会の人たちは皆優しい。信者ではないエルノーたちにも親切にしてくれる。レストは漁師町なので海の神に対する信仰が厚く、教会も余裕があるように見える。俗っぽい言い方をするなら、それなりに寄付金を貰っているのだろうと思われた。金の余裕は心の余裕だ。無いよりはあった方がいい。
「エルノーさん、こんにちは。先生は休憩室におられますよ。アルマさんとお茶中ですから、どうぞお入りください」
「ありがとうございます。お邪魔します」
アルマは診療所の隣にある薬屋の店主だ。二人は仲が良く、時間があれば度々お茶をしているらしい。エルノーが初めて訪ねた時も、揃って出迎えられて面食らったものだ。
診察室の奥にある休憩室を目指して歩く。古い建物だがどこも綺麗に掃除され、薬草のにおいが漂っている。エルノーにとっては落ち着くにおいだ。
「お、エルノー君じゃないか。いらっしゃい」
開け放った扉の向こうから白衣の中年女性が手招きしてきた。
「オルネシア先生こんにちは。アルマさんもご無沙汰してます」
「魔法師様に先生と呼ばれるのは恐縮なんだがなぁ」
「あら、先生は先生よねぇ。エルノーさん、たまには隣にも顔を出してちょうだいよ」
先生の隣に座っていたアルマがおっとりと話しかけてくる。キッチリとした雰囲気のオルネシアとは正反対に見えるが、これで案外気が合うらしい。自然薬の薬師であるアルマは魔法薬にも興味があるようで、店を始める前に挨拶に行った際も歓迎してくれた。
「ところでわざわざ来たということはアレが出来たということかな?」
キラキラと目を輝かせる二人に苦笑しながら、持ってきた魔法薬をテーブルに並べていく。オルネシアは解熱鎮痛薬を手に取り、しげしげと眺めた。
「これが解熱鎮痛薬か? 随分と透明なんだな」
「本当ね。それに光の粒が多いわ。いつものはもっと白っぽいのだけど、何が違うのかしら」
白いのは恐らくマギ粉の影響だろう。魔力を保持するために多めに入れているのだ。
「たぶん保存料が沢山入っているんだと思います。他の町から運んでいるので、ある程度は仕方がないんじゃないでしょうか」
「君の薬はどのくらい持つ?」
「できれば半月程度で使い切ってほしいですね。保冷箱での保管ならギリギリ一月持つかな」
それを聞いてオルネシアは目を見開いた。いつも仕入れている薬は使用期限まで二月あるというのだ。
「その薬、見せていただいてもいいでしょうか」
「ぜひそうしてくれ。私も不安になってきたよ」
薬棚から出してきてもらった薬は、確かにミルクが混ざったような水色をしていた。陽に当てるとチラチラと光が見える。エルノーが作ったものは透明感のあるスカイブルーに細かい光の粒が沢山入っていて、明らかに見た目が違う。
「ちょっと舐めてみてもいいですか?」
「使用期限間近だし構わないよ」
許可をもらい、少し手のひらに出して舐めてみる。まろやかそうな見た目に反してかなり酸味があり、同時に甘みも強く感じられた。マギ粉だけかと思ったが、保存性を高めるためにネリ酢酸も入れているようだ。そのままだと酸っぱすぎるため、砂糖も入れているのだろう。ネリ酢酸の酸味に誤魔化されているが、少し腐敗しはじめている味もする。
「どうだろうか」
不安そうに緊張した面持ちでエルノーを様子をうかがう二人には悪いが、正直に告げる。
「あまり状態が良いとは言えませんね」
「やはりそうか……ホーンレルムめ、我々に魔法の素養が無いと思って舐めた真似をしてくれる……」
隣町の魔法師にブツブツと言い始めたオルネシアを尻目に、アルマは新しい薬に興味津々であった。
「ねえエルノーさん、この薬ちょっと舐めてみてもいいかしら」
「ほんの少しなら大丈夫ですが。先生、いいですか?」
「ん? ああ、まぁいいんじゃないか? 私も舐めてみたいな」
アルマがいそいそと小皿を出してきて、薬を少し注ぐ。少し舐めて、意外そうな顔をした。
「あんまり味がしないのねぇ。少し変わった香りはするけれど」
「みんなそっちの薬のようなキツい味がするのかと思っていたよ」
「その香りは白荊茸ですね。苦手な方には柑橘の果汁を少し混ぜると飲みやすくなります」
「混ぜても良いのか。そういうことを聞ける相手がいなくてね。助かるよ」
「量が少なく見えるけれど、これで一人前なのかしら」
「そうですね。少なく見えますがルーンマロウの――ええと、キラキラを凝縮しているので、この量でも十分な効果が出ます」
「子どもには量を減らした方がいいか?」
「小さい方や体力の少ない方には半量にした方がいいですね」
矢継ぎ早に繰り出される質問に淀みなく答えていく。
「いや、こういう話を聞くのは楽しいね。魔法師様は大抵あまり詳しいことは教えてくれないのだよ。材料を教えてしまっても良いのかい?」
「構いませんよ。魔法師なら皆知っているレシピですし、魔法師でない方には抽出ができませんから」
もっと高度な薬ならともかく、これくらいは基本知識である。この二人ならば悪用することはないという信頼もある。
教えてもらったお礼に、とアルマから自然薬の話を聞いていると、シスターがオルネシアを呼びに来た。漁師がモリで怪我をしたのだという。診察室をのぞいてみると、脚から血を流した男性が痛みに呻いていた。カモメのくちばし亭でたまに顔を合わせる、顔見知りの漁師である。とても痛そうで、エルノーは思わず目を反らした。
「ああ、酷いものだな。刺したのか」
「めちゃくちゃイテェっすよ先生! 血も止まらねえし何とかしてくれ!」
「そんな君に朗報だ。ここに凄腕魔法師様の出来立てほやほや魔法薬がある。君を実験台一号にしてやろう」
実験台という不穏な言葉に漁師は血の気が引いた顔を更に白くしたが、エルノーの顔を見てほっとしたようだ。
「凄腕ってエルノーか! エリアちゃんの魔道具も凄いんだからきっと大丈夫だな!」
「なんだ、知り合いか。エルノー君、止血傷薬を取ってくれ」
休憩室から止血傷薬の小瓶を取ってきて渡す。傷の表面に盛り上げるように薬を塗ると、血と反応してすぐに固まった。包帯を巻いてしばらく放置すれば、このくらいの傷なら塞がるだろう。
「使い方はこれで合っているか?」
「ええ。五時間くらい経ったら剥がしてみて、塞がっていなければもう一度塗ってください。多分必要無いと思いますけど」
「よしよし、じゃあついでに解熱鎮痛薬も飲んでみるか? 我々の飲みかけだが」
先ほど味見して少し減ってしまった解熱鎮痛薬を漁師に手渡す。そこまで大怪我というわけでもないので、それくらいの量があれば効果は出るだろう。飲みかけという言葉に不安そうにしながらも漁師は薬を一気飲みした。
「お、全く痛くねぇ! こりゃすげえや! 助かったぜ先生! エルノーもな!」
瞬時に効果が出るのが魔法薬の特徴である。漁師が仕事に戻ろうとするのをオルネシアがたしなめた。
「こらこら、まだ傷は塞がっていないぞ。血もかなり失っているのだから、奥でしばらく寝ていきたまえ。――シスター・エレノア、赤の薬湯を飲ませてやってくれないか」
「はい、先生」
漁師とシスターを見送って、オルネシアはエルノーに向き直った。
「エルノー君、今のを見た感じ、薬の効果は問題ないと思う。今後も継続して納品を頼みたい」
「ありがとうございます。他にも欲しいものがあればなるべく対応するので」
「解毒薬や解呪薬は作れるか?」
「出来ますよ」
「欠損再生薬は?」
「……材料があれば」
オルネシアは感心とも困惑ともつかない顔でエルノーを見つめた。
「君はいったいどれ程の知識と技術があるんだ?」
エルノーが曖昧に微笑むと、それ以上は追求せずにいてくれた。




