第18話 久しぶりの調薬
「え……ウォルトさん、襲われたの? 大丈夫だったの?」
「大怪我したらしいが、今ピンピンしてるんだから大丈夫だったんだろうさ。知り合いなら直接聞いてみりゃいい」
驚く双子に、ローズは事も無げに答えた。確かに本人に聞くのが一番確実だが、恐ろしい目にあったのならトラウマになっている可能性もある。
「この前うちに来た時すごく緊張してたみたいだったけど、森の近くに来るのが嫌だったのかな」
「そうかも。直接聞くのはちょっと無神経かな。それに多分、俺たち嫌われてるし」
それを聞いてローズは意外そうな顔をした。
「へえ、あんたら上手くやってると思ったが、役人に嫌われてんのかい。税金の滞納でもしたのかい?」
「そんなわけないでしょ!? ちゃんと払ってます! あたしたちは何もしてないんだけどなぁ。魔法師が嫌いみたい」
「ふうん、まあアルゴと揉めてたようだし、そういうこともあるさね」
薄々そうではないかと思っていたが、やはり魔法師アルゴと何かあったと聞いて二人は眉をひそめた。詳しいことを尋ねたが、「知らないよ。どっちも頑固者だから馬が合わなかったんだろ」とだけ言い残し、ローズとロータスの親子は帰っていった。
納品された素材を魔法薬工房の横の倉庫へと片付けながら、エリアがぽつりと溢す。
「この町に他の魔法師がいないって聞いた時はラッキーって思ったけど」
「うん」
「そうでもなかった」
「同感」
長年この町で暮らし、良くも悪くも大きな爪痕を残している魔法師アルゴ。
会ったこともなく既に亡くなっている相手を悪く言うのはどうかと思いつつも、恨み言が止まらない双子であった。
*
「よーし、終わり! じゃあ俺、本業に入るから」
来客で中途半端になっていた魔道具の修理を終わらせ、エルノーは伸びをしながら立ち上がった。
「ええー? もう行っちゃうの? 半分やってもらえるの楽だったのになー」
「こっちもオルネシア先生にせっつかれているからね。じゃあ後よろしく。何かあったらベル鳴らして」
「はいはい。ちゃんと休憩しながらやりなよ」
「エリアもね」
エルノーはほんの少しだけ緊張しながら魔法薬工房に向かう。これから久しぶりに調薬をするのだ。
今回作るのは、診療所へ納める解熱鎮痛薬と止血傷薬である。診療所では基本的には自然薬を処方するのだが、重症患者には即効性のある魔法薬を使うこともある。レストの町唯一の医師であるオルネシアによると、今までは魔法薬を作れる者がいなかったため、他の町をから取り寄せていたのだそうだ。ただどうしても手元に届くまで時間がかかり、鮮度が落ちたり急な需要に対応できなかったりと不便していたのだという。
今回はまず品質を確かめたいということで、それぞれ五本納品することになった。
倉庫から素材出してきて、工房の大きな大理石の作業台に並べる。ここは元々厨房だった部屋だ。魔導コンロも流し台もあり作業スペースも広い。鍋や秤、抽出器などの道具を並べてもまだ余裕がある。
鍋に水と乾燥ルーンマロウを計って入れ、弱火にかける。ルーンマロウは傷を再生させる効果を持つ、回復薬には必ずと言っていいほど使われる薬草だ。水からゆっくりと温度を上げて煮出すことで薬効を損なわずに抽出することができる。裏の畑にも植えているが、収穫までまだしばらくかかるため今回は乾燥させたものを使う。
ルーンマロウを煮ている間に、乾燥したフロストリーフと白荊茸を少量計り乳鉢へ入れる。フロストリーフはその名の通り熱を下げる効果を持つ。白荊茸は感覚を麻痺させる毒キノコだ。毎年誤って食べて診療所に担ぎ込まれる者が出るが、少量であれば痛み止めになる。今回は診療所向けなので、一般向けのものよりも量を増やしている。
乳棒を使い細かく粉砕していく。エルノーはこの作業が好きだ。無心でゴリゴリとすり潰していると、色々な悩みを一時忘れることができる。
すっかり粉になった頃、ルーンマロウも煮終わったので火を止める。湯にはすっかり花弁の色が溶け出していた。布で濾してみると、紺色の液の中に細かい光の粒が散りばめられキラキラと輝いている。まるで夜空を溶かしたようでとても綺麗だ。
この液体を抽出器の中心にある、一番大きなガラス容器に入れる。ガラス職人のミレアスに作ってもらったものだ。その容器と周りの小さめなガラス容器を、ミレアスの父・ミケロに作ってもらった金属管で繋ぐ。無茶な頼みを何度も聞いてもらい、あの親子には頭が上がらない。
準備が整ったところで、抽出器に魔力の圧をかける。紺色のキラキラが震え、容器いっぱいに広がったあと、徐々に金属管に吸い込まれていく。
やがて中心に注いだ液体は全て無くなり、両側にある小さめなガラス容器が満たされた。片方は少し粘度のある紺色、もう片方は透明なキラキラの液体だ。
詰めていた息を吐き、「よし」と小さく呟く。抽出は繊細な魔力コントロールが要求される作業だ。素材によって魔力圧が変わるうえ、状態を確認しながら微調整をする必要がある。ここで失敗すると薬効が落ちたり余計な成分が混ざったりしてしまうので、特に慎重になる。
使うのはキラキラの方なので、紺色の液体はひとまず別な容器に移して避けておく。こちらはいずれ魔導回路用のインクに加工する予定だ。
キラキラの液を耐熱ガラスの容器に移し、先ほど粉砕したフロストリーフと白荊茸を混ぜる。魔力を定着させるため、マギ粉も一匙入れる。保存性を高めようと沢山入れる魔法師もいるが、薬自体の劣化は止められないため、エルノーは少ししか入れないことにしている。
専用に作ってもらった卓上魔導コンロにセットして火にかける。灰汁を丁寧に取り除き、沸騰しないように気を付けて加熱すると、マギ粉を入れたことで白く濁っていた液体が徐々に透き通っていく。やがてほんのりと青く色づいてきたところで火を止めた。
冷めるのを待つ間に、大鍋に水と小分け用の瓶を入れて火にかける。しばらく茹でたあと、ザルにあけて乾くのを待つ。面倒だが、このひと手間を加えるだけで腐敗を抑えることができるという研究結果を聞いてからは、必ずやるようにしている。
瓶が乾いたところで薬の様子を確認すると、余計な成分が沈殿し、程よく二層に分かれていた。上澄みだけを慎重に小瓶に移し、コルクで栓をして、解熱鎮痛薬の完成である。
大きく伸びをして、このままの勢いで止血傷薬まで作ってしまうことにした。一番手間のかかるルーンマロウの抽出は終わっているので気楽なものだ。
乳鉢に銀樺樹の若葉を数枚入れ、ポリン油を数滴垂らす。銀樺樹は瘴気を払う効果があるのだが、油に触れると溶けるという特性を持つ。使う油に決まりはなく、魔法師の好みによるところが大きい。エルノーはほんのり甘く爽やかな香りがするポリン油を使うのが好きだ。
ゴリゴリと擦ってドロドロになったところで、ルーンマロウのキラキラ抽出液とマギ粉も混ぜてしまう。止血傷薬は患部に塗るタイプのもので日持ちがするため、マギ粉も多めに入れる。
ある程度混ざったところでお湯を沸かし、水晶蜂の蜜蝋をザラザラと耐熱容器に入れて湯煎する。在庫が心許ないが、ロータスが手配中だというのを信じて使ってしまうことにした。低めの温度でゆっくりと溶かし、先ほど混ぜ合わせた銀樺樹たちを加えてよく混ぜ合わせる。
解熱鎮痛薬を作った時にまとめて茹でておいたガラス瓶を並べて、薬を注ぎ入れる。光による劣化を防ぐため色ガラスを使用し、指で掬いやすいように浅く作ってもらった瓶は、なんだかコロコロとして可愛らしい。冷めて固まるのを待って栓をし、こちらも完成だ。中程度の裂傷までなら対応可能で、患部に塗ることで瞬時に血を固め、肉の再生を促す。銀樺樹のおかげで膿むこともない。
次は何を作ろうかと素材を眺めてあれこれ考えていたエルノーだったが、様子を見に来たエリアに怒られてしぶしぶ手を止めたのだった。




