第16話 邂逅
エリアが出掛けてしまったので、エルノーは一人で庭いじりをしていた。井戸のあるあたりはどうにも魔力が不安定なため、離れた位置に畑を作ることに決めた。あのあたりはマギトロニアが生えているということもあり、あまり手を付けたくなかったというのもある。うまくいけば実が取れるかもしれないのだ。
畑予定地の土起こしだけは、エリアに手伝ってもらって魔法で済ませてあった。あれだけ雑草が生え放題だと、腕力のないエルノーでは何日かかっても終わらなかっただろう。ちぎれた雑草は取り除かず、そのまま土に混ざっている。少しは肥料になっているといいのだが。
畑に線を引き、大小二つに分ける。小さい方の四隅に結界の杭を突き刺した。家全体を囲った物よりももっと強力で限定的なものだ。エルノーとエリアしか入れず、見ることもできない。ここには特別な植物を植えるのだ。
結界の中にローズ婆さんの雑貨屋で買った黄色いマギ粉を撒く。薬に使うのは不安がある品質だが、畑に撒くくらいなら平気だろう。
更に別な麻袋を持ってきて、その中身も畑に撒いた。クズ魔石を細かく砕いたものだ。陽の光を受けてキラキラと輝いている。
ミスリル刃物店で買ってきた鍬を使い、混ぜ込んでいく。途中で疲れて少々雑になってしまったが、あまり気にしないことにする。鍬で土を細長く盛り上げ畝を作っていく。やり方は知っていてもなかなか慣れない作業にもたつきつつ、何とか三列作り終えた。
指で畝に等間隔に穴を開け、種を入れて土を薄く被せる。この種は国を出るときに何とか持ち出せたものだ。六種類ある。結界の中に植えた理由は、どれも非常に貴重で強力な毒草だからだ。毒は使い方によっては薬にもなる。滅多に出番が無い毒草ではあるのでそれほど増やすつもりはないが、全く持っていないのも不安がある。上手く育てることができたら乾燥させて、いざという時まで保管する予定だ。
魔導じょうろで水をかけ、一息つく。まだ小さな一角の作業を終えただけなのだが、既にかなり疲労していた。主に腕と腰だ。エルノーは腰を叩きながら、昼食を食べるために一度家へ戻った。
昼食の適当野菜煮込みとパンを食べ、少し休憩してから再び畑へと向かう。足取りは重いが、あまり先延ばしにはしたくないので「頑張れー俺ー」と気合を入れる。
大きい方の畑もザクザクと耕し、畝を作っていく。こちらには普通の薬草を植えるので何も混ぜていない。
無心で作業していると、裏口のドアのあたりに吊るしていた金属管がカランカランと音を立てた。誰かが敷地内に入ったことを知らせる魔道具だ。作業している時でも気付けるように、家の色々な場所に設置してある。
エリアが帰ってきたのかと思ったが、その割には魔導車の音がしない。
「お客さんかな?」
今日はお休みなんだけどなぁ、と思いつつ顔を上げる。
巨大な鹿と目が合った。
前足は既に柵を乗り越え、敷地の中だ。エルノーの倍はあろうかという巨体には、物理的な柵など何の意味もない。
瞬時に身構え、左手首の防護の腕輪を確かめる。大丈夫、攻撃されても腕輪が発動している間に反撃の魔法を放てるだろう。
エルノーが警戒を見せても鹿は動かなかった。ただじっと、こちらを見ている。
「俺に何か用かな」
試しに尋ねてみる。瘴気から生まれるとされている魔物は、大抵攻撃的で人や動物を見るやいなや襲い掛かってくるものだが、極稀に人語を操るものもいるという。この鹿もその類かと思ったが、反応は無かった。認識阻害の結界をすり抜けてきているので、それなりの知性はあると思うのだが。
少しずつ後ずさり、毒草畑の結界の中に入る。すると鹿はエルノーを見失ったかのようにあたりをキョロキョロと見回し、やがて諦めたのか、去っていった。
エルノーはふぅ、と詰めていた息を吐き出した。もしや結界が効いていないのではと思ったが、見失ったのならそういうわけではなさそうだ。であればあの鹿はやはり、エルノーに用があり、それでいて特に敵意を持っていないということだ。それは良いのだが思い当たる節が一切無く、エルノーはしばらく呆然と鹿が去っていった森の方を眺めていた。
なかなか緊張感が抜けず毒草畑に立ち尽くしていたエルノーだったが、また金属管のチャイムが鳴ったことで我に返った。周囲を見渡すが、鹿の姿は無い。
すると、表から「こんにちはー!」という子どもの声が聞こえてきた。慌てて表に回ると、カロンが鍵のかかった玄関の扉の前で首を傾げていた。
「カロン!」
「あ、エルノーにいちゃん! カギかかってるからいないのかと思った!」
「今日はお休みだから閉めてるんだよ。どうしたの?」
「クズ魔石もってきたんだけど、お休みなら帰ろうかな」
「いや、とりあえず家に入って」
鹿が気がかりで、ひとまず裏口に連れていき中に入れる。普段は奥まで入れないので、カロンは興味津々にあちこち視線を彷徨わせていた。
「大事な仕事の道具が沢山あるから、ウロウロしたら駄目だよ」
「うん」
そう返事はするものの、心ここにあらずな様子に苦笑しながら応接室に通す。
「ところで、一人で来たのかな?」
ソファーに座らせて気になっていたことを尋ねると、カロンは急に落ち着かない様子で黙り込んでしまった。
「一人なんだね? 一人で魔の森の近くに行ってはいけないとお母さんに言われているはずだけど」
「でも! まだ昼間だし、にいちゃんたちがいるし、平気だよ!」
やはり無断で来たらしい。鹿がまだ近くにいる可能性もあり、子ども一人で外に出すわけにはいかない。
「魔物って怖いんだよ。俺たちだって知らないことが多いんだ。昼間だって活動できるやつがいるかもしれない。君の足では襲われたら逃げられないよ」
この子は魔物と対面したことが無いのだろう。知らないものの恐ろしさを伝えるというのは難しい。
「クズ魔石を売りに来たんだよね。俺たちよく君んちにご飯食べに行くんだから、その時に声をかけてくれればいいじゃないか」
「でも……」
「うちに来たいのかな?」
「うん」
カロンにとっては魔法師の家に遊びに行くということが一種の冒険なのだろう。その気持ちは分からなくもない。エルノーも幼い頃は塔を出る用事があるとウキウキしたものだ。
「なら俺たちがご飯を食べに行った時に、一緒に魔導車に乗るといいよ。帰りも送ってあげる。火の日と金の日は午前中市場に買い物に行くからその時でもいい。とにかく一人で歩いてくるのは駄目だ」
カロンは尚も納得していない様子だったが、「約束しないとクズ魔石の買い取りはしない」と言うとやっと諦めた。
「分かってくれてよかった。君に何かあったらつらいから。今はエリアが魔導車に乗っていってしまってるけど、帰ってきたら家まで送るからね。――よし、この話はこれで終わりだ。クズ魔石を見せてくれるかな」
すっかり静かになってしまったカロンを元気付けようと明るく声をかけ、布を貼ったトレーを出す。そこにカロンが持ってきた小袋の中身をあけた。
クズ魔石とは、とても小さかったり濁ったりしていて魔道具には使えない魔石のことだ。普通の魔石は鉱山で採掘するものだが、クズ魔石は人が来ないような場所――山の中などの地面に落ちていることもあるし、魚や野生動物の腹の中から見つかることもある。大抵そういう経緯で見つかるものは魔力が抜けきっており、触っても問題ない。大した価値は無いがたまに魔法の触媒として使うこともあるため、魔法師に売れば多少の小遣いにはなる。
食堂の息子のカロンは魚の腹から出てくるクズ魔石と遭遇する機会が多いのだろう。いつから溜めていたのかはわからないが、それなりの数があった。
「これは少し大きめかな。濁っているけど400イェールで買うよ。これはキレイだけど……ただの石英だね」
一つ一つ鑑定していく。魔石ではないものも多数混ざっており、最終的に全て合わせた金額は860イェールだった。
「これだけかー。もっとお金もちになれると思ったのに」
「そう気を落とさないで。おやつがあるんだ。一緒に食べよう」
今朝エリアがエルノーの分のクッキーを少し分けてくれていたことを思い出す。ミニキッチンでお茶を淹れてクッキーと共に出すと、カロンは目に見えて元気になった。喜んでクッキーをほおばる姿に目を細めながら、エルノーも一つ齧ってみる。
「甘!!!!!!!」
想定外の甘さに悶絶するエルノーを見て、カロンは手を叩いて大笑いした。
デカいヘラジカみたいなイメージです。




