第15話 おしゃべりティータイム
エリアは早速魔導縫製機の蓋を開け、魔導回路を確認する。やはり予想した通り非常にシンプルな回路で、車輪のようなものを回しているだけである。それが各部品を動かし、針が上下するようになっているようだ。なぜ針が上下すると布が縫えるのかはわからなかった。
あまり待たせるわけにもいかないので、これ以上分解するのは諦める。こういった複雑な道具を見ると、昔の職人たちの工夫と技術が見えて面白い。エリアもエルノーも困ったことがあれば何でも魔法で解決しようとしてしまうが、世の中魔法師でない人の方が多いのだから、魔法を使わずに済むならその方が便利で安上がりなのだ。このミシンも元々は手動だったものを魔石で動かせるようにしただけであり、回路をなるべくシンプルにすることで価格を抑えているのだろう。
程なくしてお茶を持って戻ってきたサーシャに礼を言う。
「ありがとう。面白かった!」
「なにかわかった?」
「あたしにはよくわかんない動きしてるってことがわかった! 世の中よくわかんないことっていっぱいあるね」
「それはそうよ。使ってる私だってミシンの構造なんて知らないもの。布の種類とか服の型紙ならちょっとはわかるけどね」
「そっか、そういう知識と技術も必要だよね。あたし全然服持ってないから自分で作れたら楽しいかもって思ったけど、プロに任せた方が良さそうってことがよくわかった」
服は直線だけで出来ているわけではない。ボディラインに沿うように、動きの邪魔にならないように、計算して作られているのだ。その知識が無いまま魔法で作ろうとしても、どこか妙な出来になる。
「服を買うの? それならうちの店に来てちょうだい! 私が選んであげるわ!」
「えっ、あたしもサーシャみたいな服になるの?」
「違うわよ。店にはこういうのは置いてないわ。着たいなら私が個人的に作ってあげるけど」
それは丁重に遠慮し、後日店に行く約束をする。「エリアは可愛いから何でも似合うわね! 楽しみ!」と張り切るサーシャに、一体何を着せられるのだろうかと不安半分、期待半分のエリアだった。
「そうそう、お茶を淹れてきたのよ! 冷める前におやつにしましょう!」
サーシャの言葉に慌ててお土産を取り出す。市場の菓子屋で買ってきたクッキーだ。どれも食べたことがなかったので、一番持ち運びしやすそうなものを選んだ。
「これ約束のお土産!」
「わあ、クッキーね! 一緒に食べましょう! 私も用意しておいたのよ。被らなくてよかったわ!」
サーシャはパイのようなものを準備してくれていた。テーブルにつき、早速クッキーに手を伸ばす。
「あっっっっま!!!!」
エリアは思わず飛び上がった。脳天を突き抜けるような衝撃。想像をはるかに超える甘さだったのだ。
固そうに見えたクッキーだが、案外しっとりしており口に入れるとホロホロとほどけていく。オレンジの爽やかな香りとクルミの香ばしさがアクセントとなって美味しい、と思う。しかしとにかく猛烈に甘く、エリアは慌ててお茶に手を伸ばした。
「びっくりした。こんなに甘いと思わなくて」
「あら、初めてなの? 王都でも売ってると思うけれど」
「うちのお師匠様はお菓子とかくれる人じゃなかったからね……」
この国の王都出身ということにしてあるので、全て架空のお師匠様のせいにしておく。便利な存在である。「お菓子も食べられないなんて魔法師様って大変なのねぇ」とサーシャはあっさり納得してくれた。
「このクッキーはシロップに漬けて焼いてあるから甘いのよ。油もたっぷりだから、食感は良いけどすぐお腹いっぱいになるのよね。ふふ、それくらいでびっくりしてるならこれ食べたら倒れちゃうかも」
渋めのお茶のおかげで一息ついたエリアに、サーシャは用意したパイを勧めてきた。
「すごーく甘いから少しずつ食べてね。お茶のおかわりはあるから、好きなだけどうぞ」
そう脅されて恐る恐るフォークを突き刺す。すると、じわりとシロップがあふれ出した。
意を決して端を少し口に放り込む。砂糖を煮詰めたシロップとハチミツの濃厚な甘さに頭が痺れるが、今度は身構えていたため先ほどのような衝撃はない。落ち着いて味わってみると、表面のサクサクとした生地と中のしっとりした生地、そして間に挟まったナッツ類のポリポリとした食感の違いがなかなか楽しい。スパイスがかなり効いているようで、食べたことのないのない味ではあるが嫌いではなかった。
とはいえ凄まじい甘さのため、お茶と交互にちまちま食べすすめつつ疑問を口にする。
「何でこんなに甘いの? 他のもこうなの?」
「何でって、お菓子は甘いものでしょう? みんなこのくらい甘いわよ」
そう平然と告げるサーシャに、今までで一番文化の違いを感じて思わず真顔になるエリアだった。
「エリアってちょっと浮世離れしたところあるわよね」
「世間知らずだってはっきり言っていいよ」
この町に馴染むように努力してはいるのだが、知らないことが多すぎるという自覚はある。
「そう拗ねないで。魔法師様っぽくて神秘的よ」
「でもー、くやしいー!」
「負けず嫌いねぇ。まあ実力のある人って大抵そういうものだけれど」
サーシャは「そうそう」と手を叩いた。
「聞こうと思ってたのだけど、あなた本は読まないの? お姫様を知らないっていうから驚いちゃって」
「読むよ。魔法の文献とか」
「そういうのじゃなくて、物語は?」
「古典は大体学んだよ」
やっぱり浮世離れしてるわぁ、とサーシャは思ったが、何も言わずに本棚から本を三冊持ってきた。
「これを貸してあげるわ。王道で初心者向けだから、これ読んだら大体お姫様についてわかるはずよ」
表紙にはどれも『少女パウラ』と書いてある。その下に副題として『下町編』『王宮編』『神殿編』と綴られていた。
小さめの本で、それなりに厚みはあるが軽い。あまり質の良くない紙に刷られた、表紙もペラペラの簡易印刷本だ。
「その順番で読んでね」
「これ読んだらお姫様のことが学べるんだ」
「学ぶんじゃなくて楽しむのよ!」
どこかズレたエリアの返答にサーシャが訂正を入れつつも、少女たちの楽しげな笑い声は夕方まで響いていた。




