第13話 役所のお仕事
「いらっしゃいませー。よかったら手に取って見てみてね。ここに無いものは注文受け付けてるよ!」
「修理やってるって聞いたんだけど」
「はいはい! どういうやつ? 持ち込みだったら早いけど、出張だとちょっと後になっちゃうかも」
開店早々にやってきた好奇心旺盛な客たちをエリアに任せ、エルノーは置いていかれた若い役人に話しかけた。制服をきっちりと着込み、髪を後ろに撫でつけ、生真面目そうな顔をした正に役人といった風情の青年である。
「町役場の方ですよね。ご依頼の件は今相談していかれますか? それとも後で役場までうかがいましょうか」
店の隅で固まっていたため、町長の急な思いつきで困っているのかと思いそう問いかけてみたのだが、役人は一瞬顔をしかめた後、首を振って答えた。
「いえ、今相談させてください」
「わかりました。こちらへどうぞ。準備をしてまいりますので、掛けてお待ちください」
また無表情に戻ってしまった青年の様子が気になりつつも、隣の応接室に通す。昨日ソファーを買っていないことに気付き、慌てて既製品を購入したのだ。早速使うことになり、在庫があってよかったとエルノーは胸をなで下ろした。
「エリア、隣で話してくるからこっちは任せるよ」
「はいはーい」
表は看板娘に任せてお茶を淹れ、応接室に戻ると、青年はまた一瞬顔を強張らせた。
こういう反応にエルノーは覚えがある。
恐怖、あるいは――嫌悪。
この青年とは初対面のため、嫌われる覚えはない。ということは別の魔法師と何か確執でもあるか。わざわざ追求することもないだろうと、何食わぬ顔で挨拶する。
「お待たせしました。魔法師のエルノーです」
すると青年も立ち上がって「レスト町役場総務部のウォルトと申します」と手を差し出してきた。握手をして、座るように促す。
「役場の魔道具の総点検というご依頼ですが、どのくらいの数があるのでしょうか」
「その前に一つ、お話が」
ウォルトはそう言って遮ると、鞄から紙を一枚取り出した。
「役場の魔道具、特に税金関係のものには特殊な回路が使用されており、見聞きした内容は決して口外しないと約束していただく必要があります。同意していただけるのであれば、こちらの秘密保持契約書にサインを」
緊張した面持ちで差し出された書類をじっくりと読み込む。書かれた内容は至極当然のものであり、特に不当な要求も無かったことから、すぐにサインをする。
すると、ウォルトは少々驚いた顔をした。
「こういった契約は行政の仕事だとよくあることですから、別に気にしませんよ」
「随分と手慣れているのですね。私はてっきり……いえ」
失言をしたとばかりに咳払いをし、「同意ありがとうございます」と続ける。
「魔道具の数でしたね。計算に使うものが四種、各三台あります。印刷機は四台、通信機が二台――」
あらかじめ依頼することは決められていたようで、ウォルトはすらすらと答えていく。最終的に、施設のトイレなども含めてかなりの数になった。
「この量だと二人でも一日では厳しいですね。点検だけならともかく、修理が必要になるともっとかかります。明らかに壊れていそうなものはありますか?」
「印刷機が一台と便所が二ヶ所ですね。休日の間に終わらせていただきたいので二日でどうにかなりませんか」
「こればかりは見てみないと何とも。重要度の高いものから作業にあたって、終わらなければ次の休日に、ということでもよろしいでしょうか」
「わかりました。ですが出来るだけ早めにお願いします」
訪問する日取りを決め、報酬を確認する。相場よりは少々低いが、こういう仕事は定期的に入るのでありがたい。
契約書類にサインすると、ウォルトはササッと荷物をまとめて「では失礼」と席を立った。
扉を開けるとエリアと誰か――見知らぬ少女が賑やかに笑い合う声が聞こえてきた。
「エルノー、お話終わった?」
「あなたがエルノーくん? あんまり王子様っぽくはないわね」
「だからそう言ってるじゃん。サーシャが言う"王子様"ってのは騎士を細くしたみたいな感じなんでしょ? エルノーは騎士とは真逆だってー!」
「でも結構キレイな顔はしてるから、もうちょっと太って鍛えれば案外悪くないと思うのよ。剣術道場に通う気はない?」
「ダメダメ! エルノーは魔法師なの! 勧誘しないで!」
ピンクでヒラヒラの服を来た少女に迫られて、エルノーは思わず後ずさった。
「あ、エルノー、この子は親方の孫のサーシャ! 次の定休日に遊びに行ってくるから!」
「ああ、うん、いってらっしゃい……」
元気な女子たちに圧倒されていると、一緒に来ていたレスト木材店の親方がウォルトに目を向けた。
「誰かと思えばウォルトじゃねえか。よくこっちまで来たな」
「おやっさん……仕事だからね……」
ずっと無表情だったウォルトが表情を崩した。二人は知り合いのようである。
「エルノー坊っちゃんに無茶なこと言ったんじゃねえだろうな?」
「言ってないよ! ちゃんとした取り引きだよ!」
狼狽しながらエルノーの方をチラチラと見てくるウォルトを物珍しくながめつつ、加勢をしてやることにする。
「お役所らしいきっちりとした契約を結んでますよ。仕事を振ってもらえてありがたいです」
「坊っちゃんがそう言うなら良いがな。坊っちゃんもエリア嬢ちゃんも優秀な魔法師だからな。迷惑かけんじゃねえぞ!」
「もちろんだよ、おやっさん……」
ウォルトはすっかり仮面が剥がれてしまったようであった。これが本来の姿なのだろう。
「ところで一人で来たのか? 馬か?」
「いや、町長と……あ、町長先に帰ってしまったんだった!」
「ああ? 置いてかれたのか? ひでえヤツじゃねえか! オレが文句言っといてやるからよ!」
「やめてくれおやっさん! 大丈夫だから!」
腕をブンブンと振り回す親方に、ウォルトが必死にしがみつく。エルノーは魔道具にぶつからないか内心ヒヤヒヤしつつも涼しい顔を続けた。
「まあそれはともかくよ、帰るんならうちの馬車で送ってってやる」
「うん、頼むよおやっさん……」
「サーシャ、帰るぞ」
「えー!? まだおしゃべりしたいよ、おじいちゃん!」
「今度うちに来るんだろ? そんときに好きなだけ喋ればいいじゃねえか。それにエリア嬢ちゃんは仕事中だ。あんまり邪魔するもんじゃねえ」
「はーい。じゃあねエリア! ちゃんと来てよ! エルノーくんもバイバイ!」
「お土産持ってくから楽しみにしててよ! また今度ね!」
「あはは、お気をつけて。また遊びにきてください」
賑やかな客が去り、とたんに店内が静寂に包まれた。
「エルノー、疲れちゃった? お昼寝してきてもいいよ」
「いや、大丈夫。初日くらいは頑張らないとな」
その後はポツポツと客が訪れ、品物は一つも売れなかったが修理依頼が数件入った。午後にはカモメのくちばし亭一家やミスリル刃物店の親子も遊びに来て、営業初日は賑やかに過ぎていった。




