第1話 新天地へ
「エルノー、海が見えてきたよ!」
牧草地と森の間を通る街道を、魔導車がガタガタと走る。あと30分ほど走ればオーレント王国の港町、レストに着くだろう。
「やっとか。背中が痛いよ」
「もうちょっと頑張ってよー。あたしだってお尻痛いんだから」
「ごめんごめん、ずっと運転してて大変だったよね。ありがとうエリア」
エリアの元気な声に、荷台の幌から青白い顔のエルノーがのそりと顔を出した。肩で切り揃えられたブラウンの髪は、寝ていたためにボサボサである。
数年前に一般販売されるようになった魔導車は、馬が要らないとあって狭い都会で急速に普及してきたものだ。高価だが魔石さえあれば休憩が必要無く、馬よりも速度が出せるとあって、富裕層や商人たちの間では最新型の魔導車を所有することが一種のステータスとなっている。
二人が買った魔導車は、型落ちの中古品である。従来の馬車用の荷台を牽引するものであるため、揺れは馬車と何ら変わらない。朝から具合が悪く、毛布を敷いた荷台で横になっていたために凄まじく痛む背中をさすりながら、エルノーは運転席のエリアへとおやつのポリンの実を差し出した。
「それで、新しい家はどんな感じなの?」
「お金持ちの別荘だったみたいで結構大きいよ。ちょっと街から離れてて、畑にできそうな広めのお庭付き! すぐ隣に魔物が出るっていう森があるけど、あたしたちだったら問題ないしね」
ポリンの実の酸味に眉をしかめながらも、エリアは興奮気味に見てきたものを語る。一週間前、具合の悪いエルノーを隣町の宿屋に置いて、一人で下見に行ったのだ。
「聞けば聞くほど俺たちに好都合だなぁ。それでいて安かったんだろ?」
「みんな魔物が怖いみたい。二年前に急に増えたんだって。あたしも内見の話したら止められて面倒だったよ。おかげで魔法師だって言う羽目になっちゃった」
「ここでしばらく暮らすなら早めにバラしてしまうのは悪くないと思う。俺たちがお金を稼ぐには魔法を使うしかないわけだしね」
「そうなんだけどさぁ……」
エリアはそういって口を尖らせた。出し惜しみしていたカードを早々に切る羽目になってしまったのが面白くないのだ。
「しかも魔法師だって言ってるのに女の子の一人暮らしなんて危ないって言うんだよ。兄と一緒だから大丈夫です、って言ってようやく納得してくれたけど」
「あー、その説明だと俺、強そうな兄貴のイメージ持たれてそうだなぁ……」
エリアと良く似ているものの、血の気のない顔、痩せこけた頬、くまのある目をしたエルノーは、どう見ても『強そうな兄貴』とはほど遠い。何ならエリアよりも不健康で弱そうである。
「というか俺が兄貴なの? エリアがお姉ちゃんってことにした方が良くない? どっちかわからないんだし」
双子の魔法師は目立つ、ということで年齢差のある兄弟を装うことには同意していたのだが。いつの間にか勝手にお兄ちゃんにされてしまっている。
「エルノーの方がしっかりしてるし、お兄ちゃんっぽいよ! 責任者は男がやる方が何かとスムーズだしね! ってことでよろしく!」
「まぁいいけどね……。じゃあ俺は21歳ってことにしておこうか」
「あたしは19のままでいい?」
「いいんじゃない? サバ読みたいならご自由に」
「じゅうぶん若いからこのままでいいでーす!」
魔導車の駆動音に驚き羊が逃げていく姿を眺めていると、そういえば――とエリアが切り出した。
「不動産屋さんとお話してたら、いつの間にか連絡してたみたいで商工会長さんと町長さんが来たんだよ! びっくりした! 今レストの街には魔法師が一人もいないんだって。かなり困ってるみたい」
ひとえに魔法師といっても、呪文を使う魔法が得意な者、戦闘特化の者、魔道具師、魔法薬師など多岐に渡る。それが街に一人もいないというのはかなり珍しい。魔法師でないと魔石の扱いも難しいため、この街の住人たちはかなり苦労していると察せられた。
「前は魔道具師の爺さんがいたんだけど、去年死んじゃったんだって。かなり偏屈だったみたいで、弟子もいないし他の魔法師をいびって追い出したりしてたみたいだよ。だから今は困ったら隣町の魔法師にお願いしてるんだって。ここに住んでもらえるのは凄くありがたいって歓迎ムードだった」
「仕事が多すぎるのも困るけど、少なくとも食いっぱぐれることはなさそうだな。他の魔法師との縄張り争いが無いのも助かる。やっぱり俺たちは魔道具と魔法薬に特化した魔法師ってことにして、戦闘は苦手アピールしておくのが無難かな」
「コルヌネス派の基本魔法しか使えないって言っておいたから、それがいいかも。面倒事押し付けられるのも目立つのも嫌だし」
コルヌネス派はこの世界で最大派閥の魔法体系である。二人の魔法は独自体系を持つものだが、カモフラージュのためにコルヌネス派の呪文も基本のものだけは習得してあるのだ。人前で使うのはこちらだけにしておくのがいいだろう。双子独自の――共鳴魔法は見るものが見れば一発で正体がバレてしまう。世界の反対側の国まで来たとはいえ、リスクはできるだけ負いたくなかった。
「ちゃんと仕事できるかな。俺は喋るの下手だから……。ちょっと心配になってきた」
「大丈夫でしょ。だってあたしたちは」
「強い――だろ?」
「そそ。エルノーもわかってきたね!」
着の身着のまま故国を離れ、早半年。地位も名誉も失った。あれほど稼いだ金も使うことなく置いてきてしまったけれど。
一番大切な半身がすぐそばにいる。
新しい街での生活はきっと楽しいものになる。今まで出来なかったことを沢山しよう。期待に胸を膨らませながらエルノーとエリアはそっくりな顔を見合わせて楽しそうに笑った。




