退院
手術から二か月半が経過した。
長かった。いろんな事があった。
そして彩は今日、退院する。
「大丈夫、彩ちゃん。お姫様だっこする?」
「さすがに恥ずかしいよ! 北斗くんは荷物持って!」
まだ長い距離を歩く事が出来ない彩は、病室からエントランスまで車いすでやってきた。入り口前に止まっているタクシーに乗る為に、北斗はお姫様だっこをしようとしたのだ。
「もう……北斗くんってば過保護だよ」
「そんな事ないでしょ。僕はこの二か月半、彩ちゃんが命がけで頑張ってきた姿を見てるんだ。そのくらいしたいんだよ」
北斗は渋々といった感じで彩に肩を貸し、タクシーに乗せた。入院期間中、たくさん浴びた彼の優しさに、彩の頬がゆるむ。そんな時、聞き覚えのある女性の声がして、彩は振り向いた。
「お姉ちゃん! 退院するんだって?」
今まで一度も見舞いに来なかった彩の妹と両親が病院の前に立っていた。
「なんで……」
彩は退院の事を伝えていない。もちろん北斗もだ。けれど妹の遥花は待ってましたと言わんばかりにニヤニヤ笑いながら近づいてくる。
「友達の看護師に聞いたの。お姉ちゃん水くさいじゃん、教えてくれないなんて。さ、一緒に帰ろ」
「いたっ」
遥花は彩の腕を強引に引っ張った。
「ちょっと何をするんですか。彩さんはまだ体調が不安定なんですよ。やめてください」
タクシーの座席に座ったままの彩と、引きずり降ろそうとする遥花。その間に立つように身体をねじ込ませた北斗が、遥花を睨み付ける。
「術後落ち着くまでこちらで静養すると伝えていたはずですが」
「あー、大丈夫大丈夫。うちで面倒見るんで!」
遥花は強引に彩へと手を伸ばそうとする。
彩には遥花が何を考えているのかわからなかった。善意で言っているようには見えない。遥花の奥に立つ両親も妙にニコニコしているのが余計に怖かった。
「ほら、うちに帰ろう、お姉ちゃん!」
「い、嫌だ」
「なんで! 知らない人の家より住み慣れた我が家が良いでしょ! ね?」
彩は胸元を押さえた。ストレスのせいだろうか、呼吸が苦しかった。気付いた北斗がひざまずいて彩の手を握る。
「彩ちゃん、大丈夫?」
「……ちょっと苦しい」
「横になって待ってて。すぐ終わらせる」
北斗はタクシー運転手に「少し待っていてください」と告げると、タクシーのドアを閉めた。
北斗は彩の妹と両親に向きなおった。
「彩さんの事は僕が引き受けます。お引き取りください」
北斗が言い切ると、両親は烈火のごとく怒りだした。
「他人が口を出すなって言ったでしょう!」
「彩は家族である我々が連れて帰る。どきなさい」
詰め寄ってきた両親に、北斗は財布から一枚のカードを出して見せる。
「彩さんの家族は僕です。僕が連れて帰ります」
「はあ?!」
妹と両親がカードを覗き込む。それは彩の健康保険証だった。氏名欄にははっきりと「高橋彩」と記載されている。
「こ、これはどういう事よ! なに? 偽造?!」
「違います。彩さんは僕と結婚して姓が変わりました。彼女は高橋彩。僕の妻です」
「はあ?! 聞いてないわ、そんなこと! なに勝手な事してるのよ!」
北斗は保険証を財布に戻し、ため息をつく。
「彩さんはもう立派な大人ですよ。いつ誰と結婚しようが自由です」
「馬鹿が! 大人なら挨拶くらいするものだろう! 何も言わずに結婚だなんて、親を馬鹿にしているのか!」
「馬鹿に? ……ふざけないでください。馬鹿にしているのはあなた達でしょう」
まるで無自覚らしい両親が「そんなわけないだろう!」と声を大きくする。




