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私を生かしてくれたのは元同級生のお医者さま  作者: 無限大


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手術

 それから数日後。

 自宅リビングで両親に「手術を受ける」と伝えた彩は、母に理不尽に怒鳴り散らされていた。


「なんで手術なんて勝手に決めたの!」


 母がバシンと机をたたく。


「どこにそんな金があるっていうのよ! だいたい、退院したってすぐには働けないでしょう! その間の面倒は誰がみるわけ? 本当にあんたは大人になっても迷惑ばっかり!」


 想像通りのリアクションだ。金と面倒。彩の心配はみじんもしてくれない。

 唇をかんだ彩の背中を、心の中の高橋くん、いや、北斗が「大丈夫だよ」と支えてくれる。


「心配しないで、お母さん。お金は福祉制度を使えばなんとかなるし、しばらく、友達……の家でお世話になるから」

「友達?」


 彩と北斗は彩が術後元気になるまで、結婚の事実を誰にも知らせない事にしていた。あくまでこの結婚は彩の手術を無事に終わらせる為のもの。正式に結婚を維持するか否かは、体の事が落ち着いてからゆっくり考えて欲しいと北斗に言われている。


「手術前から退院して働けるようになるまでの間、しばらく友達のところでお世話になることにしたの。お母さんたちに迷惑はかけないから」

「あら、そう」


 それを聞いて母は急に大人しくなった。母にとって問題は、自分に害があるかないかだけなのだ。顔をそらした彩に向かって、今度は父が言う。


「いいか、彩。手術の領収書はちゃんと持って帰ってきなさい」

「領収書?」

「そうだ。お前には保険をかけているんだ。多くはないが手術時にも給付金が出るから、必ず持ってきなさい」


 初耳だった。父は彩のために毎月保険料を払ってくれている。それは彩に対する情であり、思いやりだと感じた。父は彩の味方。

 そう思ったのに――。


「これまで無駄に払い続けた保険料を給付金で取り返さないとな!」

「ほんとそうよねえ」


 両親は彩の前で笑いあう。

 まるで彩に心があるとは思っていないみたいに。


(無駄にって何? お父さんは私にさっさと死んでほしかったの?)


 冗談でもそんな事を言って欲しくなかった。誰かに止めてほしかった。

 彩はたまらずリビングを飛び出す。

 ドアの向こうから「手術の成功率ってどのくらいなのかしらね」と話す両親の明るい声が響いてきた。それがどういう意味の心配なのか、彩は考えたくもなかった。


 それから彩は北斗の勤める病院で何度も検査を受け、手術の方針を決めていった。

 北斗は主治医ではなかったけれど、彩の診察時には極力顔を出してくれて、病院と彩の橋渡しとして丁寧にやり取りをしてくれている。


 先天性の奇形がある彩の心臓は、二十年以上前に手術をしたきりである。

 今では医学が進歩し、彩の受けた手術も術式が大きく変わった。今までの手術では術後の心臓への負担が大きすぎたのだが、最新の術式では負担を軽減する新たな方法が確立されたのだと言う。


「だからつまり、この手術を受ければ今までみたいに苦しくなったり息切れしたりという事が減るんだ。日常生活がもっと楽になるって事だよ」


 病院のカンファレンスルーム。

 術前説明をする循環器内科医と心臓外科医、そして北斗と彩が向かい合って話し合いながら、北斗は彩に説明した。


「元気になれるなら、すごく嬉しい」


 彩の返事に心臓外科医が難しい顔をする。


「ただ、大人にこの手術をした例がありません。また、高橋さんの心臓はすでに酷使した後です。回復の早い子どもと違い、リスクが無いわけではありません」


 リスク。それは生きるか死ぬかという話だ。話の重さに、「高橋さん」と呼ばれたくすぐったさもすぐに吹き飛んでしまう。


「承知しています。でも、このまま生きていても迷惑をかけるだけだし、元気になれるなら手術を受けたいかなと思っています。それに、私の病状は手術推奨レベルなんでしょう?」


 尋ねる彩に北斗が頷く。


「うん。病院としては満場一致で手術を勧める状態だよ。夫という立場で考えても、受けた方が良いと思う」


 それなら彩に迷いはなかった。

 彩はペンをとり手術の同意書にサインをする。入院の保証人欄には、北斗が夫としてサインをした。


「よろしくお願いします」


 深々と頭を下げる。危険は承知。それでも彩は、新しい「家族」の為に生きたいと願った。



 入院前夜。

 彩と北斗は二人で素敵なレストランで食事をとっていた。


「これが最後の晩餐……」

「彩ちゃん、縁起でもない事言わないで」


 フルコースを頂きながら漏らした言葉に北斗が眉をひそめる。


「ごめん。だって手術したあとも退院まで一か月くらいかかるって言うから」

「まあそうだね。ねえ彩ちゃん、元気になったら何したい? 行きたい所はある?」


 北斗は料理の合間に彩に手を伸ばしては、彩の指に自分の指を絡めている。それが心地よくて、彩も彼の指を撫で返した。


「そうだなあ……うぅん、子どもっぽいって笑わないで欲しいんだけど、遊園地……行きたい」

「ああ、そっか。それは良いね」


 北斗が納得する。

 そうなのだ。心臓に病気のある彩は、遊園地で乗れるものが何もない。だから今まで一度も行った事がなかったのだ。


「じゃあ彩ちゃん、退院後すぐには無理かもしれないけど、しばらくたって心臓に問題がなかったら一緒に行こう。約束」


 小指を絡ませる。

 北斗はこの約束がどういう意味かわかっているのだろうか。

 術後しばらくたった後も一緒にいたい。彩はそう思っているのだ。


 手術当日の朝。

 手術室へ向かう前に、彩と北斗は言葉を交わした。


「頑張ってね、彩ちゃん」

「うん」

「でも、本当にご両親に言わなくて良かったの? 今日が手術だってこと」


 北斗が心配そうに言う。これまでの彩の「家族」を知らない北斗には、何も言わず手術を受ける彩が薄情に見えているのかもしれない。


「いいの。どうせ私の事は心配してくれないし。それに、私が『高橋』姓になってる説明をするのも大変だし」

「まあ、そっか」


 それから二人はハグをした。

 いってらっしゃい、いってきますのハグ。

 頑張れ、頑張るねのハグ。

 気持ちを伝えあうためのハグ。


「一緒に乗り越えよう、彩ちゃん」

「うん。行ってくるね、北斗くん」


 彩はこれほどまで心強い支えは他にないと思った。一人じゃない。だから頑張れる。北斗が居るから頑張れる。

 手術室に入った彩は、深く長い眠りへと落ちていった。

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