帰ってきてほしい理由
どの口が言うんだ、と北斗は胸糞が悪くなった。
「僕は手術中にあなた達が言った事を忘れていません。彩さんの命を、人生を馬鹿にしているのはあなた達だ!」
「うるさいわね! とにかくこんな結婚は認めないわ! 無効よ、無効!」
「お姉ちゃんを返せ、この結婚詐欺! 犯罪者!」
「そうだ! とにかく彩を返しなさい。彩が家に帰って来てくれないと困るんだよ!」
両親と妹は北斗の話を聞かず大声でまくし立てる。らちが明かなかった。仕方ないと判断した北斗は、カバンから冊子を取り出した。
「帰って来てほしいのは、これが理由ですか?」
それは共済保険の約款である。北斗はそれを両親の目の前に突き付けた。
「彩さんのように先天性の疾患がある場合、入れる保険は限られています。彩さんにかけれている保険はこれですよね?」
その書類を見た両親は急に口をつぐんだ。事情を理解していないであろう妹だけが「うるさい犯罪者!」と未だ北斗をののしっている。北斗はそれを無視して続けた。
「これにはこう書いてあります。『保険の支払いは本人または同居親族に限る』つまり、彩さんと同居していない限りあなた達が保険金を受け取る事は出来ない。そうですよね」
「なっ、そ、それはそうだが……なぜ君までそんな事を調べているのだね。ああそうか、君も彩に保険をかけて金を取ろうとしたんだろう!」
「君『も』?」
北斗が父親の言葉を繰り返すと、父は「しまった」というような顔をした。
「お言葉ですがお義父さん、僕はあなた達が彩さんの手術中に死亡保険金の話をしていたので調べただけです。今後一切彩さんに関わってほしくなかったので、申し訳ないですが保険は解約させて頂きました」
「な、なにを馬鹿な事を! そんなこと出来るわけがない!」
「出来ますよ。契約名義は彩さんでしたので、本人が解約すると言えば解約できるんです」
それを聞いた母親が金切り声をあげる。
「じゃ、じゃあ今まで払ってきた保険料はどうなるのよ!」
「消えますね。掛け捨てですから」
「は? 全部? 全部?! ふざけないでよ、この詐欺師!」
「詐欺ではありません。正当な行為をしたまでです」
母はキーキー泣き出してしまった。それを見た妹が加勢する。
「じゃあせめてこれまでかけてきたお金返しなさいよ! お姉ちゃんの名前で契約したけど、払ってたのはお父さんかお母さんでしょ!」
「そ、そうよ! 返しなさい! そうだ、毎月の障害年金を全額こっちに寄越しなさいよ。彩が死ぬまで! ずっとよ! それなら許してあげるわ!」
母の提案に北斗が考え込む。
悩む北斗を見て、両親は勝利を予感したのかヒクヒクと口角をひきつらせた。
しばらくして北斗は「わかりました」と顔を上げる。
「では念書を書きましょう。『今後、彩さんは毎月の障害年金を全額両親に渡す事とする。その条件を飲むかわり、ご両親および妹さんは今後一切彩さんと関わらない事とする。保険料についても不問とする』これで良いですか?」
「良いわよ! あ、待って。その念書、公正証書にしておきましょう。きちんと払わなかったら裁判起こして財産を差し押さえてやるから! ねえ、あなた」
「ああ、それはいい! きっちり払ってもらわなきゃ困るからな」
両親は勝ち誇ったように、わははと下品に笑う。北斗は大きくため息をついた。
「わかりました。じゃあそうしましょう。……失礼します」
北斗がタクシーに乗り込む。ニタニタ笑う両親たちを残して、タクシーはゆっくり動き始めた。
車内。
不安なまま待っていた彩は、乗り込んできた北斗の手を握った。
「北斗くん……」
険しい顔をしていた北斗が一瞬で明るい笑顔になる。
「僕たちの勝ちだよ、彩ちゃん。それも大勝利!」
「どういう事?」
「障害年金にこだわり過ぎって事さ。ま、一か月もすれば彩ちゃんも僕の言いたい事がわかると思うよ。そんな事より今日は退院祝いだ! 美味しいものでもウーバーしよう。彩ちゃんは何を食べたい?」
北斗の指が彩の頬を撫でる。
彼の気づかいや優しさが、彩はとても嬉しかった。
これをそっくりそのままお返ししたいと思う。
それが「家族」なのだから。
彩はこのまま北斗と家族でいたいと強く強く思った。




