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第二十七話  私の帰る場所

【10/21完結予定】

挿絵(By みてみん)

※ 作品のイメージイラストです。

 竜の谷にひとり戻ったヘリオスは、ひとり佇んでいた。

 澄んだ空を見上げ、ゆっくりと息を吐く。


 まだ人の姿を保ったまま、彼は両手を見つめる。

 指先には、数日前まで触れていたアリアの銀の髪の感触が残っている。髪と、眠る額に唇で触れた感触も──


「俺は……未練がましいな」


 ヘリオスは、自嘲するように呟いた。

 乾いた風が吹き抜ける谷に、微かなため息が消えていく。


 忘れようと思った。

 彼女とは、元々、住む世界が違う。

 共に過ごしたのも、永遠を生きるじぶんにとっては瞬き程度の時間──


 だが、消そうと思っても、消せなかった。

 浮かぶのは彼女のことばかり。

 笑った顔、泣いた顔、優しい声……。

 その柔らかな温もりも──全てを、忘れることができなかった。


「アリア……」


 その名を呟くと、更に胸が苦しくなった。


(約束、守れなかったな……)


 紫苑アスターの花畑で、幸せそうに笑っていた彼女の姿を思い出す。


 ──あのまま、時が止まれば良かった……そうすれば、一緒にいられたのに……。


 そんな叶いもしない馬鹿げた願いが頭に浮かび、ひとり嘲笑わらう。


(アリア……幸せに、生きてくれ……)


 そのとき──


「ヘリオス!」


 聴きたかった声が、風に乗って谷に響いた。


 はっと顔を上げ振り向くと、そこには馬車から降り立ったアリアの姿があった。

 白いドレスの裾を持ち上げ、真っ直ぐにこちらに駆けてくる。


(アリア……!)


「……何をしに来た!」


 揺れる心に反して、思わず声が荒くなる。


「ここはお前のいる場所じゃない! 城に戻れ! ……ジェイドも、皆も心配しているだろう」


 突き放すように告げるが、アリアは足を止めなかった。

 そのままヘリオスの前まで駆け寄ると、息を切らしながら顔を上げた。


「いいえ。ここが、私の帰る場所よ」


 涙で潤んだ空色の瞳が、まっすぐに彼を見上げる。


「私の居場所は、城じゃないわ……私は、ヘリオスの傍にいたいの。もう、決めたの」


 その言葉に、ヘリオスの胸が強く締めつけられる。


(……俺を選んで、何になるというんだ)


 荒れる心を抑え込むように、拳をぎゅっと握りしめた。


 ──けれど、目の前のアリアは、泣きながらも強い瞳でこちらを見上げている。

 数日前まで不安に揺れていた少女ではない。

 まるで光を纏ったように、真っ直ぐで揺るがない意志を宿していた。


(……こんな顔、初めて見る……)


 胸の奥が熱くなり、思わず言葉を失った。

 戸惑いと、熱が胸の内を渦巻く。


「……アリア、俺は──」


「約束してくれたじゃない。またあの花畑に、連れて行ってくれるって……」


 紫苑の花畑で、彼女の頭に花冠を乗せた日のことが、ヘリオスの脳裏に蘇る。


「ずっと、一緒にいたいの」


 その言葉に、ヘリオスは彼女を抱き寄せた。


「……お前が望むなら、ずっと傍にいる」


 ほんの僅かに震えた声で告げると、胸の奥から張り詰めていたものが解けていく気がした。


 ヘリオスの胸元に頬を寄せたアリアは、彼を抱き締め返すと、幸せそうに微笑んだ。閉じた瞼から、涙が一筋流れる。


 谷に吹く風が、二人の髪と衣を揺らした。

 薄紅に染まった空が、谷とふたりを照らしていた。

次回、エピローグ「― ずっとふたりで ―」

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