表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/30

第二十五話 迷う心、募る想い

挿絵(By みてみん)


【10/21完結予定】

『見かけばかりの出来損ない』

──そう罵られ追放された王女が竜と出会い、運命を変える物語。

 それからも、王城での日々は静かだった。


 だが、家臣や侍女が時折部屋を訪れては、涙ながらに謝罪の言葉を口にする。


(お父様とアデライド様が亡くなったから? それとも、ジェイド兄様が即位するから……?)


 そんな考えが、胸の内を巡る。


 彼らに何度謝られても、冷え切った心が動かされることはなかった。

 彼らを憎んでいるわけでも、恨んでいるわけでもない。ただ、心の奥に残る痛みも靄も消えなかったのだ。


 久しぶりに会った神殿の人々は、変わらず親切だった。

 彼らと過ごす時間は穏やかで、救われる思いがした。かつては、神殿での時間に、自らの存在意義と価値を見出そうとしていた。


 だが、神殿へ行っても、前のような穏やかな気持ちにはならなかった。


(変ね……ここにいても、心が落ち着かないわ)


 向かっている神殿のひかえの間では、ヘリオスが待ってくれている。

 早く、彼に会いたくてたまらなかった。


「アリア、終わったのか」


 そう言って立ち上がり、微笑んだ金の瞳。ざわめいていた心が、不思議と落ち着いていく。

 彼が傍にいてくれることが、確かな安らぎを与えてくれているのだと、強く感じた。


(私、ヘリオスがいないと、駄目なんだわ……)


 隣を歩く彼を見上げると、「どうした?」と微笑んでくれる。

 頬が熱くなり、胸が高鳴るのを感じた。


「何でもないの……傍にいてくれて、ありがとう」


 私がそう言うと、彼は嬉しそうに笑った。

 その笑顔に胸が温かくなるのを感じて、私は静かに息を吐いた。


* * *


 ──王城は、確かに変わった。


 冷たい態度を取るものは一人もいなくなり、彼らの態度からも王女として尊重されていることがわかる。

 でも、まだ幼かったあの日から向けられ始めたお父様の冷たい視線や、アデライド様が現れてからの日々の記憶が、時折蘇っては胸を締めつける。

 この城での生活は、もう安全であるはずなのに、心が素直に受け入れられなかった。


(……私、本当にここにいていいの……?)


 窓の外では、陽光に照らされた城下が穏やかに広がっている。

 まるで何事もなかったかのような景色に、胸がちくりと痛んだ。


 そのとき、背後に気配を感じて振り返ると、ヘリオスが静かに立っていた。

 金色の瞳が真っ直ぐこちらを見つめている。


「……ヘリオス?」


 声をかけると、彼はいつものように微笑んだ。

 けれど、その笑みはどこか遠くを見ているようで──胸の奥が、再びざわついた。


* * *


 ヘリオスの心には、冷たい影が差し込んでいた──


(──アリアの、居場所は……)


 アリアと出会ったのは、彼女が追放されて竜の谷に来たからだ。彼女を追放した父王は既に亡くなり、今はジェイドが国を守っている。

 アリアには、この美しく安全な城がある。そして、兄のように彼女を守るジェイドがいる。


 竜の谷には、この部屋にある綺麗で柔らかな寝台も、美しいドレスもない。荒涼とした谷に、雨を凌げる洞穴がひとつあるだけ……。

 そもそも、人間は外で暮らさない。これから冬が来れば、竜の谷での生活は更に過酷になる。か弱い人間のアリアには、とても住める環境ではない。


 ヘリオスは、拳を強く握り締めた。


(俺は竜だ。アリアとは違う……姿の変わらない俺が傍にいれば、またアリアを苦しめることになるかもしれない……)


 その思いが、胸を締めつける。


 ジェイドから、彼女が追放される際に『竜に呪われた王女』と罵られていたことを聞いていた。

 このまま彼女の傍にいれば、不審に思われることが容易に想像できた。


「ヘリオス?」


 アリアの空色の瞳が、不安そうにヘリオスを見つめている。


「……なんでもない、大丈夫だ」


 彼は穏やかな笑みを作り、彼女の髪をそっと撫でた。

 だが、その翳る金の瞳は揺らいでいた。


* * *


 その日の晩、ヘリオスはジェイドの私室を訪れていた。


「アリアが、悲しむぞ」


 ジェイドのその言葉に、俯いたヘリオスが小さく口を開く。


「……アリアのことを、よろしく頼む」


「もう少し、落ち着いてからでも……──ヘリオス!」


 ヘリオスは、ジェイドの言葉を遮るように部屋を後にした。


* * *


 月明かりに照らされ、白い寝台に広がる銀の髪が淡い光を返している。


 ヘリオスは、寝台の傍らに膝をつくと、眠るアリアの髪をそっと撫でた。


「アリア……」


(ずっと、一緒にいたかったよ……)


 言葉に出来ないその想いを、胸の内で呟く。金の瞳が、その寝顔を愛しそうに見つめている。


「アリア……どうか、幸せに……」


 掠れた小さな声が、静かな部屋に落ちる。


(ここには、ジェイドがいる……周りの人間たちも、アリアを大切にしている……もう、大丈夫だ)


 ──俺は、もう、必要ない……。


 ヘリオスが瞳を閉じると、涙が白い頬を伝った。


 苦しげな表情で瞼を薄く開き、ヘリオスは寝台に眠るアリアに向かって屈む。その銀の髪と、白い額にそっと口付ける。

 無垢な寝顔を見つめ、金の瞳が揺れている。


 彼は、思い出していた。

 あの日、彼女が初めて竜の谷を訪れた日のことを──

 洞穴の外で、雨に打たれる姿。

 初めて見せてくれた微笑み。

 傷を癒し、パンを分けてくれた優しい手の温もり……。


 彼女のおかげで、寂しかった谷に、小さな動物たちが集まるようになった。

 彼女と谷で過ごした短い日々は、永い時を独りで生きてきた彼にとって、何にも代えがたい時間となっていた。


 彼女が来てから、不思議と暖かく感じるようになった暗い洞穴。

 毎晩、密かに街に出ては買ってきた黒パンの香り。

 彼女のために用意した干し草の寝床。


 そして、何より愛しい笑顔──


 すべてが、彼にとってかけがえのない宝物だった。


(アリア……)


 声にならない声で──胸の内で、何度もその名を呼んだ。

 だが、呼ぶたびに、胸の奥が張り裂けそうに痛む。


 彼は、“いとしい”という感情を、彼女と出会ってから初めて知った。

 城下でアリアが倒れた日、自分も人であればと願ってしまったことを思い出す──


(アリア……)


 ヘリオスはアリアの寝顔にそっと顔を寄せた。小さな寝息を立てる淡い唇を見つめる。

 無邪気な寝息が、静かな部屋にかすかに響いている。その音が、胸を引き裂くように愛おしかった。

 だが、触れぬまま切なげに瞼を伏せると、静かに立ち上がる。


 だが、扉へ向かおうとした足が、ふと止まる。

 もう一度だけ、彼女の寝顔を見てしまう。

 触れたら、離れられなくなる──そう分かっているのに、どうしても目が離せなかった。


(この城で暮らすのが、アリアにとって一番良いはずだ……)


 俯いたヘリオスは、強く拳を握り締める。


「ヘリオス……」


 小さなその声に振り返ると、アリアが穏やかな寝息を立てていた。


「アリア……」


 ヘリオスは瞳を滲ませるともう一度だけアリアを見つめ、静かに背を向ける。瞬きに、再び涙が零れ落ちた。

 彼は扉の前で立ち止まり、深く息を吐くと──何も言わず、闇の中へと消えていった。

次回、第二十六話「消えた光」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ